「っあ、アわわわわ…あわわわわわわ………。」
「……………。」
動揺に目を回す少女は、今度は完全に全身を真っ赤にしてしまっている。もしかしたら、脳天から湯気を発するほどの高熱に浮かされているのかもしれない。
全く色気なく動揺しまくる少女を前に、蓮は口元だけで小さく微笑んだ。
だが、可哀想なほどに震えあがり、全身を熱くさせる少女を、蓮が与える刺激から救ってやる言葉は絶対にかけてはやらない。
……もう、逃がさない。
そう決めたのだから。
「……最上さん…。」
「っひゃあっ!!??」
蓮は組み敷いたキョ―コの耳元に顔を近付けると、彼女の名を呼ぶ。すると、少女はビクリと全身を震わせて可愛らしい声をあげた。
「君の名前……。」
「へっ!?な、ななな、名前、ですか???」
自分でも驚くほど低い声が出ている自覚があった。
その状況で、伝えるべき言葉としては、かなり幼い内容だとも思う。
けれど……
―――私を呼び捨てにしていいのは、お母さんと将来旦那様になるショーちゃんだけなの!!―――
―――だからコーンは『キョーコちゃん』って呼んで!?―――
どれだけ親しくなった友人に対しても、『ちゃん』づけ以上を認めようとしなかった幼い日の少女との思い出。
―――あっ、やっぱりダメ!!―――
―――あっ、違うの違うのっ、コーンがダメなんじゃなくて…っほらっ、ほらっ、ねっ!?今…声が…敦賀さん、だから…っ―――
そして長じて、彼の王子様以外もその名を呼ぶことを許されてなお、『敦賀蓮』の声だからと拒絶された。
「キョーコ……。」
「!!??」
「そう、呼んでも、いい?」
伺うように尋ねたが、今更呼び方を元に戻したくはない。
口をついて出した瞬間に、そう呼ぶことが『当然』なのだと、心と身体で理解した。
『キョーコ』と、そう呼ぶだけで、心が満たされた。満たされた心は、身体中に心地よい温もりを与えてくれる。
どれほど闇の底に沈んでいても、その名を口にするだけで、浮上できそうな気がするほど、その言霊は蓮を強くしてくれる。
「キョーコ……。」
「だっ、ダメですっ!!!!」
確かめるように再度口にした瞬間。
拒絶の言葉が、押し倒した少女の口から発せられる。
「……どうして?」
「……………っ。」
口にするだけで幸福感を与えてくれる名前。その名を与えられた少女は、拒否されて不機嫌な声を出す蓮の視線から逃れるかのように両手で顔を覆い隠している。
「不破君やあのストーカー男も君を呼び捨てにしているのに、どうして俺はダメなの?」
「だ、ダメなものはダメなんです~~~!!」
「納得できる説明をしてくれ。ほら、ちゃんと俺の目を見て説明して。」
「いっいやぁ~~~~~~!!敦賀さんの天然イジメッ子~~~~~~!!」
「今傷ついているのは俺のほうなのに、何で俺がイジメッ子呼ばわりされなきゃいけないんだ。ほら、いいから顔を見せなさい。」
「い~~~~~~や~~~~~~~~っ!!!!」
ベッドの上はギシギシとスプリング音を響かせているが、もみ合う二人に色気は全くない。
キョーコは潜在能力をフル活用して、蓮の視線から自身の顔を隠すことに必死になり、蓮は顔を隠す少女と視線を合わせようと表情を隠す少女を大人げなく追い詰める。
「…………………。」
「ひぃ~~~~ん……見ないでください~~~~~………。」
だが、それも男と女の力の差。結局は力負けしたキョーコの腕は、蓮の両手に囚われてしまい、まじまじと顔を覗きこまれてしまう。
「キョーコ……。」
「っ!!やめてください~~~!!これ以上顔面総崩れのアホ面にさせないで~~~~~~……!!」
「史上最悪に不細工だから~~~~~!!」と嘆く少女の声は、蓮の耳には届かない。
頬を染め、瞳に涙をためながら、それでも嬉しそうに笑み崩れるキョーコの笑顔は、今まで見てきたどのキョーコの笑みとも違う。
コーンを呼びながら向けてくれる笑顔でも。
蓮に元気よくあいさつをしながら向けてくれる笑顔でも。
照れながら仕事の話をしてくれる笑顔でも。
いずれの笑顔でもなく。
「フッ……。」
「っ!!??あ、今、笑いましたね!!??ひ、ヒドイ!!他人の顔を見て笑うなんて、最低ですっ!!このエセ紳士~~~~!!」
「あ、あははははっ!!すごい武器を持っているなぁ、キョーコは。」
「っ!!??や、やめてください!!私のことは、『最上』もしくは『そこの君』くらいで結構です!!もう、名前呼びはやめて~~~~~!!」
笑う事で蓮の手が緩む。その瞬間を利用して、キョーコは蓮の手を振り解くと、上体を起こし、ポカポカと蓮の胸板を叩き始めた。
そんな少女を笑いながら抱きしめ、蓮は「クックッ…」と笑い続ける。
花が開く瞬間を、見た気がした。
固く閉ざしていた蕾から、徐々に膨らみ始めたその花を、毎日大切に育み、見つめ続けてきて…。
そして、あっけなく花は咲いた。
ただ、蓮が『キョーコ』と。