「し、失礼、いたします…………。」
「…………っ!!」
ベッドに腰掛ける蓮の耳に、ノックの音が聞こえ。
驚きながらも入室を促す返事をして、またしばらく時間が流れ。
そして。
カチャリ…と、遠慮気味な扉を開ける音が聞こえた後、扉口に現れたのは。
華奢な身体には全く合わない寝巻を着こんだ、不安げな小動物のような少女だった。
*******
「………………。」
ゴクリ、と喉が鳴るのが分かった。
それも仕方がないだろう。
相手は、最愛の女性。
そんな女性が、夜の帳が下りる時間帯に、蓮の寝室へ足を踏み入れてきたのだから。
しかも。
彼女には大きすぎる蓮のパジャマを着て。
「~~~~~~~っ!!」
「ど、どうかされましたか、敦賀さん!?」
途端に蓮は、首にかけていたバスタオルを頭上に乗せると、グシャグシャと髪を掻き乱した。
心許なく胸元を抑える華奢な手が可愛らしい。
上着だけで充分丈が足りているだろうに、わざわざズボンをはいて現れるのも、キョーコらしい。しかも、それもまたサイズが合わないので一生懸命に左手で引っ張り上げているものだから………。
―――どうしてくれようか、この娘は……!!―――
欲望がむくりと起き上がるのも致し方ない。
だが、それを何とか抑えて、蓮は再びバスタオルを肩にかけた。
「……いや。大丈夫。」
「え……?あの、全然、だ、大丈夫に、見えませんが……。も、もしや私、何か粗相を……?」
オドオドと、扉付近で動揺をしているキョーコ。蓮の様子に気分を害したのかとまた奇妙な曲解をしている少女に、蓮は真顔で首を振った。
「君が可愛いのは今に始まった話じゃない。」
「へぇ!?」
「それよりも。……扉を開けてくれたんだね。ありがとう。」
「っ!!は、はははは、はい!!!!お、おおおおぉぉ、お待たせしてしまって、も、申し訳ございませんっ!!」
蓮の『可愛い』発言に一瞬驚いたような表情をしたキョーコだが、蓮のお礼の言葉に、瞬時に全身を緊張感で漲らせた。
いつも以上に背筋は伸び、これでもかというほど全身を真っ赤にさせ…目を、泳がせている。
「さぁ、おいで?」
ベッドに腰掛け、右手を差し出す。
「っっ!!」
その蓮の誘いに、愛しい少女はその場に固まってしまった。
カチンコチン、という妙に古めかしくなってきた擬音が似合うような状況になった少女だが、辛抱強く待ち続けていると、カタカタと寂ついたオモチャのように震えながらも一歩、また一歩と歩んでくる。
それを蓮はただ黙って見つめていた。
天然記念物的乙女、と彼女のことを呼んでいたのは、蓮だった。
恋や愛という言葉に対して敵愾心剥きだしの少女は、いつでも無防備全開で蓮を煽り続ける小悪魔のような女の子だった。
計算でやっているわけではないだろう、まるで独占欲むき出しのような発言も。
蓮が喜ぶことでそれ以上に嬉しそうに微笑む笑顔も。
上目使いで心配をしてくる大きな瞳も。
時に温もりを与えてくれる接触も。
全ては、男女の駆け引きに程遠く…だが、それゆえに少女が与えてくれる全てを、疑うことなく享受することができた。
―――そもそも、この娘に恋の駆け引きなんて、できはしないのだろう……―――
『最上キョーコ』の好意はいつでも全力だった。
彼女が大親友だと語る奏江に向ける、まるで恋する乙女のような瞳は、彼女を大好きだと雄弁に語っているし。
妹のように可愛がるマリアを見つめる瞳は、姉というよりすでに母性を感じさせるものになっていると思う。
ローリィやク―や須永を見つめる瞳は、信頼感に溢れ、頼れる大人に全幅の信頼を寄せている様子がうかがえた。
そして、今。
蓮へ一歩、また一歩と危なげな足取りで近付いてくるキョーコは。
………まるで肉食獣を前にした恐怖と、警戒心をむき出しにする小動物のようだった……。