「敦賀さんに、お返ししなければ、ならないものが……あるんです……。」
そう言われ、ガマ口財布を開いて現れたもの達。
……ストーカー騒ぎの頃よりも、大きさを増したガマ口財布の中には、きっとキョーコの大切なものが詰まっていると思っていた……
1年と少し前。
キョーコが『不破尚』という『王子様』を中心として回っていた世界を打ち砕き、『最上キョーコ』としての人生を歩み出す時。
そんな、過去と決別し、新たな一歩を踏み出すと決意した瞬間も、彼女とともにあった唯一の、彼女の宝物。
それが、クオンとキョーコを、そして蓮とキョーコを今なお繋ぐ『縁』であることを知っているのは、蓮だけだ。
けれど、その二人にとって大切な思い出を、今なお宝物としてガマ口財布に入れてくれていたキョーコのことを知った時に、身を走り抜けた狂おしいほどの愛おしさを、今も忘れてはいない。
―――あの子の魅力なんて、俺さえわかってればそれでいいんだ…―――
そう、自分勝手に思っていた…いや、そうであって欲しいと願っていた、少し前の蓮。
独占欲で彼女を怖がらせたことだってある。泣かせたことや困らせたこともあった。
そんな過去の蓮であれば、ガマ口財布の中から蓮とキョーコの思い出以外のものが出てくることを、許すことはできなかっただろう。
だが……。
―――……君一人じゃ、ない……。―――
蓮も、キョーコも。お互いの存在だけが、この世の全てではなくて。
大切なものがあって。
必要なものが、ある。
それを理解しているから。
だから、泣きながら差し出されたものに嫉妬するような気持ちにはなっていなかった。
けれど、キョーコが蓮に見せたものは……。
クオンが手渡した、『コーン』であり。
キョーコが好きそうな物語をでっちあげてプレゼントした、『プリンセス・ローザ』であり。
もう外で帰りを待ってほしくはないと、新たに作った蓮のマンションの『ルームキ―』だった。
「ごめんなさい……。」
泣きながら、謝罪の言葉を繰り返し、特にルームキーを蓮に突き付けてくるキョーコを見ていると、察しがついた。
少女は、全てを思い出したのだ、と。
気付いた瞬間に、全身をめぐったのは、自分でも驚くほどの歓喜。
2ヶ月間、積み上げてきた関係性に不満があるわけではなかった。
けれど、蓮にとってのキョーコは、10年以上前に知り合った『キョーコちゃん』も大切だったし、出会いが最悪だった『最上キョーコ』との日々も、何一つ失いたくないものだったから。
その積み上げてきた時間を、思い出してくれたことを知って、いてもたってもいられなくなった。
まだ早朝と言える時間であったが、蓮は急いで携帯電話を取り出すと、須永院長に電話をし、その後、ローリィや社、奏江など、自分が分かる範囲の人間に片っ端から電話をかけた。
突然の蓮からの電話に、全員が驚きの声で応答をしてきたのだが、それもキョーコの状況を知った途端、それ以上の驚きと喜びの声に変わった。
そして、喜びの報告を終えた後、ふとキョーコを見つめると……。
彼女は未だ、蓮を見つめたまま『ごめんなさい』と、謝罪の言葉を繰り返していたのだ。
何をそこまで謝罪しているのかが分からなかった。
困惑したまま、少女を宥めるように栗色の髪を梳いていると……。
「わ、私っ!!王子様と一緒に、幸せになるお姫様になりたいと、そう思っていたんです…!!」
最初はどんなに不幸でも。最後は全ての人に愛され、祝福されて、王子様と幸せになるお姫様。
メルヘンチックなキョーコが憧れているシチュエーションは、蓮も知っていた。
「でもっ!!お、王子様を、傷つけてしまうお姫様なんてっ!!……お姫様なんかじゃ、ないっ!!」
悲痛な声と共に叫ばれた言の葉。
その言葉の意味を理解した瞬間に、蓮が一体、どんな想いをキョーコに抱いたか。
―――そのことに、彼女は全く気付いていない。―――
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