「ちょっと休憩しましょう。」
「そうだね。キョーコちゃん、あるきつかれたでしょう?」
「うふふっ、ちょっとだけね?」
クオンは少女を気遣いながら、二人で表面が比較的平たい巨大な石の上に腰かける。
少女とクオンは、鳥を見送った後も仲良く手をつなぎながら川の上流へと歩み続けていた。
時々、少女は綺麗な石や、美しい花、可愛らしい鳥の囀り、川を泳ぐ魚たちを見つけては大はしゃぎをし、クオンに「好き?」と問うた。
それらに対し、クオンは最初のほうはぎこちなく「好きだよ」と答えていたのだが、何度も同じ問答を繰り返した結果、戸惑いなく「好きだ」と答えるようになっていた。
「……そうだな…。そうだったよ………。」
あの子は……。
クオンは。
鳥や草木や自然とふれあうことが好きな子だった。
努力家さんで、有言実行、無言実行、何でもソツなくこなしてしまうものだから。
様々な経験を積ませることこそが、あの子のためになると思ってしまったから。
……それを嫌だと、思うような子ではなかったから……
「うふふっ、コーンってば。」
「…ん?なに?」
「好きなもの、たくさんあるじゃない。」
「…………。うん。そうだね。……すっかり、わすれていたよ…………。」
私もすっかり忘れていた。
何でも吸収し、それらをこなしてしまう息子の姿が自慢になってしまい。
あの子が「好きだ」と言うもののことを、忘れてしまっていた。
空も海も、山の遊びも、全てを制した息子だけれど。
楽しみ方も正しく理解する息子だけれど。
私は、あの子から「好き」だというものを、取り上げてしまっていたのではないだろうか?
「でも、不思議ね。」
「え?なにが?」
「私が好きなものと、コーンの好きなもの、全部一緒なんだもの!!」
「っ!!」
喜色満面の笑顔で言った少女の一言。
「ふふふっ、嬉しいなぁ……。ショーちゃんはテレビゲームに夢中だし、他に友達もいないし…。だから、河原で遊ぶことに付き合ってくれるような人、いなかったんだもの。」
心から嬉しそうに少女は語り続けている。
「でも、コーンと会ってからは毎日が楽しいわ!!川に来ても一人ぼっちじゃないし。もう泣く必要なんてないかなって、思えるようになったわ。それにね、それにね!!」
「……うん。」
「妖精の王子様を独り占めしているなんて、とってもステキじゃない!!??私、ただの人間なのに、王子様とお友達になれるなんて……。まるでおとぎ話みたいよね!!」
「キョーコちゃんの、だいすきな?」
「えぇ!!王子様と内緒のお友達になっちゃう、人間の女の子……。ふふふっ、とっても不思議で、とっても楽しいわ!!」
大興奮しながら語る少女の瞳は、クオンを映していない。
どうやら空想癖があるらしい少女は、大きな瞳をキラキラ輝かせながら、煌びやかな想像の中で一人、浸っているようだ。
だが、クオンの方は……。
「………そうだな。」
「うふふっ」と楽しそうに幻想の世界で遊ぶ少女をじっと見つめる、とても美しい少年。
親であるからこそ褒め称えているわけではない。
客観的に見ても、人とは思えぬ美しさを持つ我が息子は。
決して、少女が語るような存在ではなく……。
「『人間』だからな。欲のひとつくらい、持つよな……。」
ヒラリヒラリと舞う蝶を、美しいと思い。
空を飛ぶ鳥を、羨ましく感じ。
小川にある、珍しい石を拾ってははしゃぎ。
素朴に咲く、名も分からぬ花を慈しむ。
―――本来のあの子は、そういう子なのだ―――
「…………。」
動植物に囲まれても、何ひとつ動くことのなくなった表情。
全てにおいて整っているゆえに、まるで『生きている』感覚がなくなりつつあったクオンだが。
―――あの子は、まだ。大丈夫だ……。―――
日本で出会った、夢見がちで前向きで、ひたすら一生懸命な女の子を、見つめる息子の瞳には。
慈しみと、深い愛情と…。そして、確かな『欲』が見て取れた。