「…………。」
静まりかえった、室内。
外からの灯りだけが唯一の光源となっている部屋の中で、蓮は暗闇の中にうっすらと捉えることができるキョーコの姿を見つめ続けていた。
蓮の腕の中でまるで眠るように気を失った少女は、すぐさまかけつけた救急隊によって須永総合病院へと運ばれた。
―――…そうか。今日1日でいろいろあったみてぇだな。―――
キョーコが検査を受けている間に、蓮と社から話を聞いた須永は、そう言うと、一瞬だけ目を閉じ……。
―――ま、とりあえず。嬢ちゃんはこのままウチで預かるわ。―――
軽い口調でそう言った後、蓮に笑いかけた。
―――何なら坊主も一緒に泊って行くか?―――
目を大きく見開く蓮に、須永は満足そうに笑ってみせたのだ。
―――成長したじゃねぇか。出入り禁止はもう、必要ねぇだろ?嬢ちゃんの、傍にいてやれ。―――
「…………。」
2ヶ月前。
ほとんど記憶にないけれど、同じ場所で同じように、蓮はキョーコを見つめていた。
『あの日』と同じように、キョーコは瞳を開かない。
それでも………。
―――大丈夫ですよ、敦賀さん。検査の結果、特に異常は見られませんでした。―――
―――色々あって、きっと疲れたんですよ。何かあれば、私たちが全力でサポートしますから。―――
―――そうだぞ、敦賀氏!!キョーコ氏はすぐに目を覚ますからな!!君がしっかりするんだぞ!!―――
周囲の声が、今の蓮には聞えていた。
キョーコと…そして、蓮を案ずる人々の声が、不安に揺れる心を少し、落ちつけてくれた。
……きっと。二ヶ月前も、同じように支えようとしてくれていたのだろう……
それを聞こうともせずに、蓮は自身の闇に囚われてしまっていたのだ。
「……不思議だね。」
―――一緒に、います。―――
常闇の中、独りでうずくまっていた男を、抱きしめてくれた少女。
一緒にいるとさえ、言ってくれた……この世で誰よりも愛しい人。
―――身体中に広がるのは、これまで以上の愛おしさ。彼女を想うだけで、胸が潰されるほどの感情を、抱いているというのに……―――
それなのに。
不思議なことに、少女が目覚めない現実を、逸らすことなく受け止めることができている。
……ほんの2ヶ月前の自分には、できなかったことなのに……
「…………。」
この2ヶ月間。
少女に愛を告白した日から、蓮はキョーコに相応しい人間になりたいと、そう願ってきた。
愛を恐れるキョーコに、愛を肯定してもらいたいと、そう思った。
……そのためには、蓮だけではダメだったのだ……
キョーコを大切にしている、友人達。
キョーコが生きてきた人生を肯定することができる、恋敵。
キョーコを守ることができる、キョーコのマネージャー。
キョーコの身を案じる、多くの大人たち。
世界は決して、蓮とキョーコで完結しているわけではない。
二人だけで生きていける世界ではない。
―――分かって、いたのに……―――
彼女を守りたいと本気で願った時、やっと周囲を受け入れられるようになった。
やっと、周りの声を聞くことができるようになったのだ。
「君が目覚めないことが、不安なのに……。」
それなのに、気が狂うほどの孤独感に襲われることはない。
目を瞑れば、まず一番に浮かぶのは、キョーコの笑顔だけれど……。
その後に、どれだけ手を伸ばしてくれても握り返すことができなかった、大切な人達の顔も浮かんでくる。
……父さん、母さん。社長、社さん。マリアちゃん、琴南さん……リック……。