「………も、がみさん………。」
意識を取り戻したのは、自分自身が無意識の中で呟いた、いつも呼ぶ愛しい少女の名前を耳にした瞬間だった。
目の中に飛び込んできたのは、恐ろしい場面。
ニ度と起こさせないと誓った、キョーコの危機。
それなのに、目の前で起こった出来事。
それは、蓮の全身を凍らせるのに充分な衝撃を与えた。
「はい、敦賀さん。」
堕ちてくる少女。
伸ばした手。
全身に与えられた衝撃と、そして……確かな、温もり。
「大丈夫?最上さん。」
「はい。敦賀さんが、助けてくださいましたから。」
問えば、返ってくる答え。
蓮の腕の中にいる存在は、ぎゅっと抱きしめれば、その細い腕で蓮を抱きしめかえしてくれる。
すっぽりと、身体に収まる存在のその温もりと香りを感じることができて、やっと全身の強張りがほどけていく。
助けたはずの少女に、助けられる。
「そう……。間に合ってよかった、本当に。」
「すみません、お騒がせしました。」
「いや。無事でいてくれたなら、よかった。」
ほっと息を吐き、キョーコを腕から解放する。
すると、少女は蓮の腕の中で一度にっこりと微笑んでから立ち上がった。
その姿を認めてから蓮も立ち上がり、改めてキョーコを見つめる。
「どこも、ケガをしていないね?」
「はい。敦賀さんこそ大丈夫ですか?私を受け止める時にどこか打ったり……。」
「大丈夫。どこも痛めていないし、すりむいてもいないよ。」
互いの無事を確認しあうと、やっと蓮も笑顔を浮かべることができた。
もしかしたら、引きつった笑みになっていたかもしれないけれど、それでもキョーコは安心したような笑顔を返してくれた。
「京子!!敦賀君!!」
しばらくそうして見つめあっていると、複数の人間が走る足音が聞こえた。
振り返ると、黒崎と、数名のスタッフが向かってくるところだった。
「状況は京子のマネージャーから電話で聞いた。災難だったな……。」
「大丈夫です。どこもケガをしていませんし。」
「そうか。無事で何よりだ。」
蓮とキョーコの無事を確認すると、黒崎は「ふぅ」と安堵の溜息を吐き、それからニヤリといつも通りの余裕のある笑顔を二人に向けた。
「だが、一度病院に行ったほうがいい。今は分からんが、後から痛みが出てくるかもしれねぇからな。」
「そうですね。」
「じゃあ、今日はもう解散だ。撮り直しについてはまた日を改めて「いいえ。」」
俳優とタレントの体調を気遣った黒崎の言葉を遮ったのは、キョーコだった。
「敦賀さんさえよろしければ。……このまま、撮らせてください。」