「お~~、準備できたか、最上さん。」
「は、はい。あの、お取り込み中のところ、失礼します。」
声がした方へ視線を向けると、思っていた通りの少女が、遠慮気味に立っていた。
「あ~~、大丈夫、大丈夫。君の登場で絶対、お取り込みは終了するから。」
「は、はぁ……。そう、ですか?」
「そうそう。なぁ?マネージャー君?」
真っ白なワンピースに身を包んだキョーコは、「こいこい」と手招きをする黒崎に促されて蓮と社の前に立つと「こんにちは。」と礼儀正しく頭を下げた。
「びっくりした~~~…。え、え、キョーコちゃん、どうしたの?」
「はい。今回、黒崎監督のCMに起用されることになりまして。今、衣装に着替えに行っていたんです。」
「そうなんだ!!え、じゃあ何何、もしかして、その相手役が蓮なわけ!?」
「そういうことだ。ほら、敦賀君にとっても今からの瞬間が『至福の時』になっただろう?」
「監督は黙っていてください。俺はキョーコちゃんと話をしています。」
「……嫌われたもんだなぁ。俺も。」
黒崎の隣に並んだキョーコに、社は先ほどまでの鬼の形相を納め、途端に笑顔を見せた。
「いやぁ、可愛いなぁ!!よく似合っているよ、そのワンピース!!」
「え、そう、ですか?」
「うんうん!!なぁ、蓮!!似合っているよな!?」
ノースリーブの、白のワンピース。ベルト部分と胸元に細やかな刺繍が施されている以外は、何の飾りもない真っ白なその衣装は、キョーコにとても似合っていた。
「…うん。とても可愛い。まるでお姫様のようだね。」
「お、お姫様!?」
「うん。可愛いお姫様だ。」
「~~~~っ!!」
愛しい少女の可愛らしい姿に、蓮はゆるむ頬を抑えることができなかった。そして、心からの言葉を送り、彼女の栗色の髪に触れた。
キュララのCMといい、『独』のCMといい。黒崎潮という男は、人間のそのままの素材を大切にする男なのかもしれない。
『京子』はメイク一つで変幻自在にその姿を変える女優だったが、今、蓮の目の前にいるのは普段と変わりない『最上キョーコ』のままだ。
「お、お姫様は、言いすぎだと思いますっ!!」
「そう?でも本当にそう思ったんだから、仕方ないじゃないか。」
「仕方なくないです!!冗談もほどほどにしてくださいっ!!」
「失礼な。冗談なんかじゃないよ?」
心から、思っている。
キョーコは蓮にとって、あの幼い日からずっとずっと、変わることなく輝くお姫様だ。
「あ~~。痴話げんかはいいからさ。敦賀君、すぐ着替えてきてくれるか?時間がもったいねぇ。」
「!?痴話げんか!?ち、違いますよ!!これはですね。そんなものではなく、敦賀さんの冗談をですね!?私は叱っているわけでして!!」
「わ~~~かったから。とにかく、敦賀君。君、とっとと着替えてきて。衣装、準備させているから。」
「あ、はい。分かりました。」
ビッと親指で指された方向を見て、蓮は肯く。
それからもう一度、キョーコを見て……。
「今日は、よろしくね。最上さん。」
まだほんのり赤く色づく頬をぺシぺシと叩くキョーコに笑顔を向けた。
「はいっ!!よろしくお願いします!!」
そんな蓮に、満面の笑顔を向け、綺麗なお辞儀をするキョ―コ。
―――今日もよろしくお願いします、敦賀さんっ!!―――
それは遠くない過去。黒髪の、額に大きな傷跡を残す少女が蓮に向けてくれていたものと寸分違わぬ姿で。
「……うん。よろしく。」
久しぶりに心に広がる高揚感。それを感じながら、蓮はその場を後にした。