分かっていたはずだ。
分かっていながら、ここまで来た。
無意識だった、とか、そんなバカげた言い訳をするつもりはない。
ただ、確かめたかったのだ。
香蘭が、本当に『選んだ』のかどうかを。
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雨帖の屋敷は、塀が低い。
それは、過去に見た陽の国の建物によく似ている。
外観は晶の国の建物に似せ、景観を損なわないようにしているが、美しい庭園は屋敷の外からでも眺めることができた。塀を高くし、屋敷内を一切見せない晶の都の中で、開放的な屋敷だ。それは、彼らの民族性の誇りのようなものが影響しているのであろうか……。
だが、初めて屋敷に訪れた時、志季は確かに外から眺める庭園に、心から癒されたのだ。
「…………。」
その、癒された庭園の中に。
香蘭が、いる。
「久しぶり。」
「……はい。」
陽の国の民族衣装に身を包み、ぎこちなく微笑む『友人』の姿に、志季も無理やり口角を上げた。
「あ、えっと……。雨帖……に、会いにきたの、ですか?」
香蘭は、しばらく視線を彷徨わせた後、おずおずとそんなことを尋ねてきた。
「…………。」
「あ、あの……。……陛下?」
「っ君は……。」
―――志季……好きだよ……。―――
志季が覚えているのは、『宗雲』となり、『帝』となった志季を『志季』と呼び、嬉しそうに微笑む香蘭だけ。
それなのに、目の前にいる香蘭は……
「君は、もう私のことを、志季とは呼んでくれないの……?」
雨帖を『雨帖』と呼び捨てにしたあげく、志季を『陛下』と呼んだ。
「…陛下に、無礼な発言をするわけにはいきませんから。」
そして、乞うように尋ねた問いに拒絶を示し、今までになく丁寧な口調で話をしてくる。
「君は、もう、雨帖のものなの?」
「雨帖ではなく、陽の国のものです。私がそうなることを願い、瑠璃様…お母様と、雨帖がそれを叶えて下さいます。」
俯き、答える香蘭。
志季と香蘭の間には、咲き誇る美しい花々があるのみ。
それなのに、志季には大きな溝と闇が、二人の間に広がっているように感じた。
「どうして……」
「え?」
「どうして、国のためにそこまでできる……?」
ドクリ、ドクリと心臓が鳴る。その音とともに、志季の身体にいきわたるのは、これまで感じたことはない、どす黒く、汚い想い。
その感情に任せ、志季は屋敷の塀を超えて、雨帖の屋敷の敷地内に踏みこんだ。