「社君。」
「……はい。」
「君、マネージャーだろう。止めにいきなよ。」
「無理です。」
貴島(正確に言うと栗林)とのラブシーン(ただし、厭らしいところは一切ない)の撮影以来、蓮はその分厚い化けの皮を剥がしやがった。
そして、嫌がるキョーコちゃんに「よいではないか、よいではないか」と迫る悪代官のようにセクハラ三昧を繰り返している。
……おいおい、いいのかよ~~……今日、なぜか『BOOST』の記者もこの辺、ウロウロしているんだぞ~~……。
「いいのか?このままだとあることないこと、書きまくられるぞ?」
「いいんですよ。あれ、わざと蓮が連れてきたようなものですから。」
「…え?そうなのか……?」
「はい。背に腹は代えられないそうです。」
「…………。そうか。」
三流紙でとんでもないゴシップ記事を書かされた場合……。背中を犠牲にさせられるのは、蓮じゃなくてキョーコちゃんのほうじゃないのか??
「そもそもこんな状態になったのは監督のせいなんですよ。」
「え!?なんでだよ!!」
これから育つはずのタレントの、一時期とはいえ訪れる波乱の日々を思う。憐れすぎる犠牲者に、同情の視線を向けていた俺。そんな俺を、社君は睨みつけてきた。
「監督が闇の国の蓮さんを恐れて、台本の書き直しなんて脚本家に願いでるからっ……!!」
「…………。」
それを言われてしまうと、俺もそれ以上他の誰かのせいにすることはできない。
そう、この物語は本来、『白雪』の切ない想いが実り、『栗林』と両想いになって終わるはずだったのだ。
…それを俺が……原作者であり、今回の脚本を手掛けた女流作家を口説き落として結末を変えさせたのだ……。
……それこそ、蓮が望むような形に……。
「あれから俺、本当に大変だったんですよ……。」
俺だって大変だったさ。中身を変えてくれるように毎日毎日、交渉に行って。
「キョーコちゃん、脚本が変わった瞬間に、『できない!!』って絶望した顔で叫ぶし。」
『そんなに中条の想いが通じるお話にしたいの?』と呆れたような表情で言われるし。
「それを聞いた蓮がにっこり笑ったまま、氷河期レベルまで空気を凍らせるし。」
『まぁ、中条が可哀想って読者は多かったから…その結末も考えてなかったわけじゃないけれど…』と、作家を本気で戸惑わせてしまったし。
「『じゃあ、できるようになるまで一緒にいようか?』なんて言って、そのまま連れ帰っちゃうし!!」
『それにしても、そんなに熱心にこのお話に向き合ってくれるなんて。新開監督って、監督の中の監督ね。』と、最後に笑顔で言われた日には……!!
「すみません、本当に……ごめんなさい……!!」
俺、監督の中の監督なんかじゃありません!!ただただ、何より自分の命が大切な、単なる肝の小さい人間なんです!!
「こだわり」の男なんぞと言われ、名監督なんて呼ばれてきたけれど。
俺って、俺って…!!
「監督。」
「……え?」
「あれ以上は本当にダメだと思うんで。さっさと撮影始めませんか?」
自己嫌悪に陥っていた俺の肩を叩く、闇の国の男のマネージャー。その人物は、全てを悟りきったかのような瞳をセットへ向けている。
……そこには今まさに、ソファの上に組み敷かれ、貞操の危機を迎えている乙女の姿が!!……
「!!!??カット~~~~~~!!」
「いやいや、何も始まってませんよ。」
思わず叫んだシーンを切る意味の言葉。
その言葉に適切な突っ込みを入れる某マネージャーの声を聞きながら。
不満げにこちらを睨んできた色男を前に。
……俺は、飛んでいきそうになる魂をなんとか繋ぎとめることに集中したのだ……。