雨が降る。
しとしと、しとしとと。
まるで世界が泣いているかのように……。
何かと別れる悲しみを、現しているかのように……。
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「陛下…陛下。」
「…え?あ、……うん。何?」
円夏の呼び声に、我に返る。
目の前に置かれている書簡は、先ほど確認をしようと思って開いたものであったが。
……いつから、開いたままでいただろうか……
「大丈夫ですか?お顔の色が、優れませんが。」
「あぁ…。いや、うん。大丈夫だよ。」
気遣いの言葉に応えながら、額に手を置き、息を吐き出す。
「それにしても、よく降りますな。まぁ、最近雨が少なかったですから、恵みの雨と言えなくもないですが。」
「……そうだね。」
円夏が窓際に立ち、降り続く雨に憂鬱そうな表情を浮かべる。
それにつられて見た空は。
まるで泣いているかのように、無数の水滴を地面へと落とし続けている。
―――そ、そうだね。ごめん…じゃあ、帰るよ。―――
昨日、志季が自分勝手な想いをぶつけてしまった、愛しい少女。
謝りながら、駆けて行った香蘭。
「…………。」
彼女は一瞬、泣きそうな顔をしたのだ。
涙は見なかったけれど……。志季にかけられた言葉に傷つき、走り去った。
……どうして、あんな言葉を投げつけてしまったのか。もし、もう宮殿に来てくれなくなったら、どうするのか……
「……っ。」
そんな悔み気持ちが、後から後から志季を責め立てる。
香蘭は何も悪くないのだ。
ただ不安で、苦しくて……想いを吐き出す先がなくて、何の非もない香蘭を責めてしまった。
―――どちらの想いが、強く重苦しいのかなんて、分かりきっていたことなのに……―――
「?どうされました、陛下?」
無言で椅子から立ち上がった志季をいぶかしんで、円夏が声をかけてくる。
「ちょっと気晴らしに学校に行こうと思って。」
「え?こんな雨の中ですか?」
「うん。」
突然の発言に、腹心の部下の眉間に皺が寄った。だが、それを無視して志季は書簡を丸めて机に戻す作業を始める。
このままでいるわけにはいかない。ただでさえ微妙な時期なのだ。香蘭を傷つけたままでいるわけにはいかない。
……なぜなら、今、強力なライバルが香蘭を狙っているのだから……
「陛下。」
「っ!!」
一瞬脳裏に過った男の影。その人物を脳内から振りきろうとした瞬間。
まさしく浮かんだ男に声をかけられる。
「どこかへお出かけですか?」
「……いや。どうかした?」
「あ、はい。少々、お時間よろしいですか?」
丁寧に礼を尽くして入室してきた雨帖は、志季が立ち上がっているのを見て小首をかしげた。それに対し、志季は口元だけを笑みの形に歪めて、彼を迎え入れる。
「うん。ちょうど休憩しようと思っていたところなんだ。」
「おや、雨帖。どうした?そんな正装で。確かそれは陽の国の王族の衣装だな?」
円夏に言われて、彼の服装を改めて確認をする。
普段、雨帖は一部の装束品以外は全て晶の国の物を着用していた。
それは彼がこの国の帝の忠臣であると同時に…この国に属する者であることを臣下に知らしめるためでもある。
「あ……。はい。その……。今日は、実は……「雨帖。」」
若干歯切れ悪く応える雨帖の背後から、突然、聞いたことのない女性の声がする。そして、雨帖を押しのけて入室してきた女性に、志季と円夏は目を見開いた。