○月×△日 15:00 雨時々雷 Aスタジオにて
「ちっ、ちちち、近いですっ!!敦賀様!!」
「え?何で?恋人同士の距離なんだから、これくらい当然だと思うけど。」
中条の部屋を模したスタジオセットで。
二人掛けのソファの上でじゃれあう俳優とタレントを見ながら。
……俺は、目を細めて数日前のことを思い出していた……。
あの日。
木端微塵に粉砕されたカチンコを握りしめながら気を失った俺が、次に意識を回復した場所は、病院のベッドの上だった。
医師曰く、突然40℃近い熱を発するかと思ったら、次には全身の熱が人として生きていける最低の体温まで下がるというとんでもない現象を繰り返していたらしい。
「ははっ、何だかうなされていたみたいでね。死神が来たとか、殺されるとか……訳分からないことを叫んでいたよ?」
「そ、そうですか……。」
一晩あけたらすっかり病状(?)は安定したが、念のために1日だけ入院する処置となった。
「これならもう大丈夫だね。」と笑顔を浮かべる医師に、空笑いで応じた後。
俺は、現状をしっかりと把握するために、日々記録している日記を読みなおした。
忙しさにかまけて読み直すことなどなかった日記。それをすっきりした頭で、1日かけて読み返し、考えれば……。
全てを理解することは、容易にできた。
キョーコちゃんが密かに想っていた相手は蓮で。
キョーコちゃんに操をたてさせていたのも蓮で。
キョーコちゃんがお弁当を作ってあげたい相手も蓮で。
キョーコちゃんに膝枕をしてもらったことがあるのも蓮で。
キョーコちゃんに対してクサレ外道で最低最悪男なのも蓮で。
キョーコちゃんを愛してやまない男も…蓮なわけだ。
キョーコちゃんとの障害になるモノ全てを破壊し、粉々にしてまでも想いを貫き通そうとする。それほどの常軌を逸する感情を、温厚仮面の下に隠し持つ、あの男。
障害となる人物たちにとっては、恐ろしき死への使い……。
「……殺される……。」
……まさしく俺は、死神に殺されかけたというわけだ……。
いや、あの時のターゲットは俺だけではない。
そう、それは、キョーコちゃんの相手役であるあの男……。
―――あと一秒、カットが遅ければ……。大惨事を起こしてしまうところでした。―――
その大惨事の犠牲者は、俺か貴島か。
いずれにしても……。
「やっぱり殺される!!」
俺の本当の命か、監督としての命か。はたまたその両方か。
どちらにしても、この先に、明るい未来などというものは無い。
死神に目をつけられた今。
俺の進むべき道は、一つしかない!!
……そうして俺がとった行動の結果が、これだ。
「今日は俺と君の想いが重なるシーンだね。本当に楽しみだ。」
「ちっ、ちちち、違います~~!!敦賀さんと私じゃなくて、『中条』と『白雪』です~~!!」
「……ん?そうだっけ?でも、大して変わらないよ。」
「変わります~~!!全然違います~~~!!」
…うん。ごめん、俺、さっき間違った発言をしたね。
これは決して『じゃれあう俳優とタレント』の画じゃない。
『肉食獣に襲われている子ウサギ』の図だ。