「それにね、香蘭ちゃん。これは晶と陽の両国のためでもあるわ。」
「え……?」
「陽の国の王様には、たくさんの息子がいるからね。雨帖の上にもお兄さんが数えられないくらいにいるのよ。妹だって弟だってたくさんいるわ。……信じられないでしょ?不潔でしょ?」
「え、あ、え…え~~と……。」
他国の王に対する賛辞であれば同意もできただろう。だが、けなす一方の瑠璃の発言にどう応えたものかと惑う。
「雨帖は武人としての才を得たわ。おかげさまで、王族としてではなく、将軍としてあの国で活躍することになったんだけどね。でも、王子たちの中には、変人だっているのよ。」
「へ、変人、ですか?」
「えぇ。何か変な粉を混ぜ合わせて火花を散らせたりとか、ヘンテコな発明品を作っている変人が。」
「あ、私と仲良くしてくれた、奇特なお妃様の息子なんだけどね?」と付け加えた後、瑠璃は奇妙な球体を懐から取り出す。
「これが、その変人の発明品。」
「……これが、ですか?」
真っ黒で、まん丸な、謎の球体。瑠璃の人差し指と親指に支えられているところから見ても、大した重さのものではない。
「うん。これを使えば、多分この1個で晶の国の王城が吹き飛ぶわ。」
「……え!?」
「物騒でしょう?」
「ど、どどど、どうしてそんなものを作っちゃったんですか!?」
「う~~ん……最初はもうちょっと平和的なものだったみたいなんだけれど……。…何だったかしら?害虫駆除の団子?」
「へ!?」
「あ、ネズミ駆除の団子だったかしら?とにかくあの子、ゴキブリとネズミが嫌いな子だったから何とか退治できないかって躍起になっちゃって…。」
その駆除をする発明品が、なぜ破壊力抜群の凶器となるのか…?
「タマネギを切っていたところまではお料理教室かと思うような光景だったらしいんだけどね。」
「!?タマネギが入っているんですか!?」
「あ、多分これには入っていないけれど、最初の試作品の頃には入っていたそうよ?」
瑠璃はその黒い物体を懐へとしまい直すと、改めて香蘭を見た。戸惑う香蘭を少しでも落ち着かせようと穏やかな笑みを浮かべてみせている。
「と、いうわけで。我が母国はとても小さな国だけど、晶の国に対抗するべき兵器ができあがってしまったの。」
「…………。」
「このヘンテコな物体の発明によって、周辺諸国との力関係は劇的に変化をするわ。」
それは、どういうことを生み出すのか……。
一般庶民の香蘭には、正確には分からない。
分からない、けれど……。
「…………。」
「正直ね、『これ』の上手な使い方は私には分からないわ。こんなものがあったって、別に作物がたくさん採れるわけじゃないし、美味しいご飯が食べられるわけじゃない。これがあれば大きな岩を一瞬に崩すことができるかもしれないけれど…そんなの、時間をかけて、皆で力を合わせればできる事だと思う。でも、それは庶民の感覚ね。」
瑠璃の表情は、どこか悲しげだった。
…この女性ならば……分かる、のだろうか?この、香蘭の中で渦巻く漠然とした不安の正体が。
「今まで、陽の国はこの国の帝の力で抑え込まれていたようなものだったわ。晶の国が陽よりも大きな国だから、王家の血を引く雨帖がこの国に『仕える』ことで納得されてきていた。」
「…………。」
「強国に人質として差し出されたのが『雨帖』なら。…今後は、我が国にも、晶の国から何かを得なくては平等でなくなってしまう。」
「…………。」
「晶と陽の両国が今後も和平を保たれるために必要な『人質』。晶の帝の宝物。それが、香蘭ちゃん。あなただと私が言ったなら……」
ドクンッ…と心臓が高鳴る。
志季と出会う前……。みなしごである香蘭が、ずっと願っていたこと。
貧しい生活の中で……王族の、悪政に苦しむ日々で、願っていたこと。
……みんなが幸せなら、いい。みんなが笑ってくれたら、それが何よりの、私の幸せ……
「あなたは、私の提案を飲んでくれるのかしら?」
―――この人の願いと、私の願いは、きっと同じ。―――
ただ、守りたい。自分が愛し…愛してくれた人達を。生きてきた、自身の国と共に。