「壊して、しまいました。…申し訳ございません。」
そして極上笑顔のまま俺の目の前まで来た男は。俺の右手を引っ掴むと、その手の上にパラリパラリと木材の破片を降り注ぎ始めた。
…………その、木片たちの正体は…………
「っ!!!!????」
その正体に気付いた瞬間に、俺は息と共に心臓の動きさえも止めるほどに動揺してしまった。
……俺が先ほど、嬉々として蓮に渡した木製のモノ。……
材質の桜にこだわった、俺のお気に入りの音を響かせる、木製カチンコ。
そのカチンコだったはずのものが…今、俺の右手の中で、単なる木くずと化しているのだ。
「弁償しますので。本当にすみません。」
殊勝に謝ってみせる男の手から俺の手に渡ったそのカチンコだったはずのもの。それは粉々に砕かれて、元の形なんて想像もできない。
「ちょっと力が入ってしまいまして。」
「そ、そうか……。」
何これ、どこに力点を置いたらこんな状態にしてしまえる?どうやったら素手でこんな風に木端微塵にしてしまえるんだ!?
混乱する頭は、どうでもいい事を考え始める。
多分、その脳の処理は正しい判断だ。何がどうなって、こういう事態になったのかを正確に理解しようとしたら、多分俺は今、死ぬ。そんな気がする。
「あぁ。それと、監督。ありがとうございます。」
「え?」
そんな俺の耳に、突然感謝の言葉が飛び込んでくる。
「あと一秒、カットが遅ければ……。大惨事を起こしてしまうところでした。」
「っ!!!!?????」
にっこりと笑ってとんでもないことを言った男は、怯える俺の表情を満足気に見つめた後、何気ない口調で会話を続行した。
「今日の撮影、まだ続けますか?」
「いや、もう今日は終わりだ!!」
「そうですか。最上さんを連れて帰っても?」
「問題ない!!すぐさま連れて帰れ!!」
問われたことに俺は反射的に応えていたが、現在命の危機にある俺は、全てに対して最も適した答えを返すことができていた。
人間、切羽つまれば無意識でもベストを尽くせるものなのである。
……例えどこかで罪なき者を、生贄として捧げているとしても、自分を守る最善の方法を本能的に察知する……
それがこの業界で生きる術というもの。
「ヒェ~~~~ッ!!お、お許しを~~~~~っ!!」と、遠くで悪代官に連れて行かれる町娘のような叫びがあがったような気がするが、俺はそれを頭で理解することなく、その場にへたりこんだ。