「ねぇ、ちょっと。」
険を帯びた声だった。ちらりと声がした方に視線を向けると、キョーコと眉間に皺を寄せた美人が向かい合っていた。
「ツラ、貸してくれる?」
美女に連れられていくキョーコを確認した後。
『彼』は二人の後を追った。
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「あんた……。私の言いたい事、分かるわよね!?」
「え、えっと……言いたい事は分かりかねますが……。」
「なんですって!?」
「お、怒っていらっしゃることは理解できます!!」
ラブミー部の活動の一環で訪れたTV日本で。
セバスと自分自身の飲み物を自動販売機で購入していたキョーコは、仁王立ちをした美人に呼び止められ、非常階段へと連れてこられてしまった。
「……もしかして、私のこと、分かってないんじゃないでしょうね?」
「へ??」
ドスの聞いた声で質問されて、キョ―コは首を傾げた。…目の前にいる女性は、切れ長の瞳をした、性格がきつそうな容姿をしているけれど、とても綺麗な人だった。きっと学校にいたらカリスマ女子高生として人気がでるだろう。
……とてもキョーコの知り合いとは思えない……。
「信っじられないっ!!本当に全部忘れちゃっているの!?」
「えっ、へっ?へぇ??」
「命をかけて守るって、私と約束したわよね!?」
「え!?い、命をかけて、ですか!?」
「そうよ!!守るって言ったのよ!!なのにあんたは~~~~っ!!」
「す、すみません、申し訳ございません、何も覚えていないんです~~~!!」
突然の言いがかりに、キョーコは驚きながらも目の前の美女にへコヘコと頭を下げた。
記憶を失って以来、理不尽な言葉は徹底的に無視をするようにしているキョーコだが、なぜか目の前の女性からの怒りは無視できなかったのだ。
「『BOX-R』の全体打ち上げ!!とうとうあんた、顔を出さなかったわね!!」
「あっ…!!あなた、『カオリ』役の…「遅いわよ!!気づくのが!!」」
「シャ~~~ッ!!」と口から蛇が飛び出てきそうな勢いで怒り狂う『カオリ』役の女優・薪野穂奈美は、キョーコの襟首をつかんで揺さぶりにかかった。
「あんたね、あの事故からもうすぐ2ヶ月たつっていうのよ!?それなのにまだ記憶を戻していないって、どういうことなの!!」
「あ、あの…で、でも、こればかりはいつ思い出すのか分からないってお医者さんも…「あんた『京子』でしょうが!!そんなもん、根性で思い出しなさい!!」」
「!!??ご、ごめんなさい!!」
奇妙な怒りをぶつけられている。
しかも、キョーコにはどうしようもないことを『根性』でなんとかしろとすごんでみせる穂奈美。
そんな穂奈美に動揺をしながらも、キョーコは謝罪の言葉を口にした。
「……。で。あんた、怪我の具合はどうなのよ?」
「お、おかげさまで、それはほぼ完治しました……。丈夫な身体ですので。」
「そう……。」
しばらく襟首を掴まれたままだったが、穂奈美はキョーコの具合を確認した後、そっとその手を離した。
「まぁね。いつもみたいにのんきでのほほんとした素うどんみたいな顔して歩いていたから、心配はしていないけど?」
軽く息を吐き出したあと、その様子をキョーコに見られていることに気付いた穂奈美は、一瞬だけ頬を赤く染め、そっぽを向きながら言ってのける。
だが、その奥にあるキョーコを想う心を感じ取って、キョーコはへにゃりと笑み崩れた。
「!?な、何よ、その顔は!!私は怒っているのよ!!命をかけるとまで言ったくせに、堂々とさぼったあんたに!!」
「!!それは本当に申し訳ありませんでした!!」
キョーコとしては、事務所の判断に従ったまでだが、そのことがまさか共演者にとって嫌な想いをさせるものになるとは考えなかったのである。
慌てて頭を下げたキョーコの、地面と平行となった目の前に、一枚の紙片が突き付けられた。
「えっと……あの、これは……?」
「次のプチ打ち上げの企画よ。あんたと打ち上げしたかった共演者とスタッフが、集まれるだけ集まる予定だから。色々落ちついた後でいいから、あんたの予定、教えなさいよ。」
紙きれを開くと、店の名前と電話番号、簡単な地図が乗っている。それと穂奈美の携帯電話番号も。
「いい!?今度こそ、絶対来なさいよ!!あんたの予定にあわせてあげるんだから!!」
「はっ、はい!!ありがとうございます!!」
紙を持ったまま敬礼して、キョーコは「じゃあね!」と手を振る穂奈美が非常階段の出入り口から見えなくなるまで見送った。
「……わっかんねぇな。女の友情ってのは。」
「ぅわ!?あ、あんたどこにいたのよ!!??」
穂奈美が去って行った後。ひょっこりと非常階段に現れたのはセバスと…尚、だった。