「愛されたい」と。
願ったことは何度あったことだろう?
幾度涙を流しても、どれだけ大声で叫んでも、振り向くことのなかった後ろ姿に、全てを諦めた日もあった。
けれど……
******
「はい、どうぞ。最上さん。」
「へっ……?」
宝田家のゲストハウス。まるでモデルルームのように整えられた調度品が並ぶその家に暮らし始めて一ヶ月半。すっかりその空間での生活に慣れたキョーコの耳に、これまたなじみはじめた男の、甘い美声が聞こえる。
「クスクス…どうしたの、ぼ~~っとして。」
「ハッ、あ、あの…すっ、すみません……。」
「いや、いいよ。」
おかしそうに笑う男は、テレビをつければ必ずどこかの番組には映っている超有名人。
そんな彼と、こうして一緒に暮らして、食事もたまにではあるけれど、一緒にとるようになってからさほど月日が流れたわけではない。それなのに、キョーコはすっかりその生活を受け入れてしまっていた。
「あっ!!ゆ、夕飯っ!!」
「それ、さっきも言っていたよ?しかも、俺が『ただいま』のあいさつをした瞬間に。」
「俺イコールご飯みたいだよね。」と楽しそうに笑う人気俳優を、キョーコは眉を寄せて睨みつけた。
「あなたのように空腹中枢がないような方の傍にいたら、そうなるのが人間というものですよ!!私が一緒に生活している以上、一食だって抜けるなどと思わないでくださいね!!」
「うん、ありがとう。」
怒っているキョーコに対して、心底幸せそうに微笑む蓮。それはいつも食卓につくたびに交わされる会話だった。
…毎回、キョーコは本気で怒っているのだが…蓮がなぜ嬉しそうに笑うのか、謎だった。
「それから。今日の夕飯は俺が準備したから。」
「へ!?」
「最上さんがぼ~っとしていてくれて良かったよ。今日中に絶対に食べるようにって、言われていたからね。」
そう言われ、テーブルを見れば。
いつの間にやら、並べられているキョーコのお箸とサラダの入ったボウル。グラスに注がれた水が、キョーコの驚いた表情を映していた。
「喜んでもらえるといいんだけれど……。」
そう言いながら、呆然としているキョーコに、キッチンから蓮が運んできたもの。
それを視界に収めた瞬間。
「はっはははっハンバ~~~グぅぅ~~~~!!」
熱した器の上ではないけれど。ジュ~~~~ッという音が聞こえるわけではないけれど。
キョーコは大声で皿の上の物体の名前を叫んだ。
「クスクスッ…喜んでいただけたようで嬉しいよ。」
両手を広げて立ち上がり、蓮の傍まで駆け寄るキョーコに、蓮はハンバーグののった皿を預ける。
「はわわわわぁぁぁ~~~……。」
キョーコに預けられたハンバーグの上には、そっと横たわる丸くて滑らかな黄色い準主役殿もいらっしゃる。故郷を捨てて以来、味わった記憶がなかった物を目の前に、キョーコは思わず涙ぐんだ。
「つっ…敦賀さんが、作ってくださったんですか!?」
大興奮のまま、キョーコは蓮に問いかけた。
ひき肉を捏ねている蓮など想像もできないけれど。食に対して杜巽な彼が率先してキッチンに立つことなどないことも分かっているけれど。
それ以外にこのハンバーグの出所の見当がつかない。
「……いや?俺が作っていたら怪物になるからね。」
「…は?怪物??」
「うん。この世のものとは思えない怪物。前回もやっつけるのに苦労したから、君にその山をもう一度一緒に登ってもらおうとはさすがに思えないし……。」
「???そっ、そうですか……。」
何の話をしているのかさっぱり分からないが、「キュラリ」と微笑んで見せる蓮を見ていると、あまり聞かないほうがいいのかもしれない。
キョーコは気を取り直すと、再び皿を見つめた。