「え!?CMのオファーですか!?しかも、ゲームの?」
「そうなんだよ、しかも大人気シリーズの最新版で、注目度の高いゲームなんだ!!」
LME内にある喫茶店。そこで椹さんはコーヒーを、私はミルクティーを口にしながら、新しい仕事についての打ち合わせをしていた。
「うちの娘も好きなんだよな~~。」と、ニコニコと笑いながら今回の仕事であるというゲームの話をする椹主任。そんな所属セクションの主任を見ながら、私は遠くはない過去の日の、敦賀さんとの会話を思い返していた。
「……なんてタイムリーな……。」
「ん?何か言ったか?」
「あ、いえ。」
敦賀さんとのあの会話がなければ、私自身の中にある『ゲーム』に対する偏見で、一切仕事に興味を持たなかったかもしれない。世間の皆様に人気があろうがなかろうが、『ゲーム』というだけで得体の知れないもの、自分には関係がないものだと思ってしまっていただろうから。
「どんな内容になるんですか?」
「あぁ、どうもゲームの内容を実写化していくみたいだな。」
「へぇ~~……。」
「まだ公にされていることも多くなくてね。君が受けるということであれば、打ち合わせの段階で詳しい話がされるみたいだけれど、それまでは内容までは教えてもらえそうにないんだ。」
「そうなんですか。」
少し前の私なら。もしかしたら断ってしまっていたかもしれない。でも……。
―――最近のゲームって結構ストーリー性を重視した物も多いみたいでね。それこそ剣と魔法、妖精や精霊が当たり前に存在してて、王様やお姫様が危険に陥るのを救うって具合に君の好きなものがいっぱい詰まっているから…。―――
「……うふふ~~。お姫様~~……。」
「ん!?ど、どうした、最上君!?」
あの日の先輩俳優の美声が私に想像させてくれるのは、美しいメルヘンワールド。そちらの世界に呼ばれて飛び立とうとした私の耳に、動揺した椹さんの声が聞こえてくる。
「…はっ、す、すみません、ちょっとボ~~ッとしちゃって……。」
「……。まぁ、君が妙な言動をすることにはある程度慣れてきたけれど……。」
「でもびっくりするんだからほどほどにしてくれ。」と妙な忠告を受けてしまって…。どういう意味かわからないけれど、私は「はぁ、すみません……。」と頭を下げた。
「あ、それから。フフフ……これはビッグニュースだぞ?」
「え?なんですか?」
「実はな、今回のCMの監督は、何と!!あの黒崎潮監督なんだ!!」
「ふぇ!?」
黒崎監督といえば。
「あのチンピラのようないでたちで、ヤクザのような言動をする…なのに出来上がった作品は全て繊細にして斬新。かつアーティスティックと称される……黒崎監督……。」
「……。うん。とても具体的な説明をありがとう。でも君、それ本人に言ったら吊るしあげられるかもしれないからやめておきなさいね?」
椹さん曰く、今回の一件は、黒崎監督から『京子』への直々のオファーだったらしい。
マフィアのボスの装いをした社長さんと共にタレントセクションに訪れた黒崎監督は、やっぱりチンピラのようないでたちだったそうで。
「…彼は真っ当な人間だった。依頼だって正式なもので、示された契約内容に不備なんかなかった。…なのにね、なぜだろう?この自分の娘を闇の世界に売ってしまったかのような罪悪感を覚えてしまうのは……。」
その時の事を思い出してか、椹さんは突然遠い目をして独りごとのようにぼやき始めた。
「大丈夫ですよ、椹さん。黒崎監督って見た目はあんな感じですが、お話しているととても面白い方なんです。口調が悪いだけでとってもいい方ですよ?」
「……。君はつくづく大物だな……。」
あの外見と口の悪さ。マフィアのボスに扮する社長とは妙に意気投合している感じだったそうだけれど、個性派というにも灰汁が強すぎる。それが椹さんの感想だったみたい。
正直、私も同感だけれど。
「キュララのCMでお世話になった監督さんです。ぜひ受けさせてください。」
「そうだな、君のデビュー作を手がけた監督だ。だからこそうちの社長も今回のオファーにはとても乗り気だった。」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。君が嫌だと言っても絶対に受けさせろと脅されていたくらいだからなぁ。」
ここでふと、私の中で不安がよぎる。
「…あの、椹さん。」
「ん?」
「そういえば、今回のゲームって、大人気シリーズの最新版っておっしゃっていましたよね?」
「あぁ。とはいっても、毎回登場人物は違うんだ。舞台になる世界も全然違う。要は根元が一緒、と言ったらいいかな?根底にあるのは『光』と『闇』の闘いみたいだからね。」
「『光』と…『闇』。」
…と、いうことは。ここまでの流れからして……。
「なるほど、そういうわけね……。」
「え?何が?」
これまで受けてきた依頼内容を考えてみたら分かること。それはもう、誰から何を言われるよりも、私自身には分かる。絶対、間違いないわ。
「任せてください、椹さん!!私、どんな仕事であっても絶対に受けるつもりです!!」
「!!そうか、その意気だよ、最上さん!!」
「はい!!」
堕天使、未緒、ナツ……主人公を時に殺し、時にいじめていじめていじめつくす、いわゆる『悪役』。
これまで私が受けてきた全ての役柄は、誰からもバッシングを受けそうなほどに嫌われた役だ。
と、いうことは。
「どんな悪役だろうが、なりきって見せるわ!!闇の国の大魔王様にだってなってみせるわよ!!」
「いい見本を何回も見たことがあるわけだしね!!」と、椹さんと別れ、ラブミー部室に戻った私は。そんな風に気合を入れていた。
だって、私には思いもよらなかったの。
このお話が、私の想像しているようなものではない、ということに。