「キョーコちゃん。君は『最上キョーコ』であると同時に、LMEに所属するタレント『京子』だ。キョーコちゃんだって、失くした記憶の中の君が、たくさん仕事をしている映像を見ただろう?『京子』はそれだけ業界の中で認められているし、LMEの大事な商品だ。これから売りだす予定の君を、事務所の先輩との根も葉もない噂で傷つけられるなんて、LMEとして許せるわけがない。」
「商品……。…『京子』が……。」
「これは義務なんだよ。キョーコちゃん。」
どこか冷徹な声で言った社は、キョーコに鋭い視線を向ける。その瞳をしばらく受け止めていたキョーコは、しばらく後にコクリ、と肯いた。
「……納得してくれた?」
「はい。」
「そう。なら、いいんだ。」
「セバスさん。お世話になります。」
「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
隣同士に並んだ新人タレントと、新任マネージャーは、互いに椅子に腰かけたまま深々と頭を下げ合う。
「よしっ!!話はまとまったところで。蓮。そろそろ仕事だぞ?行こう。」
「あ、はい。」
「あ…。貴重な朝のお時間を私なんかのために割いてくださり、ありがとうございました。」
「………。いやいや。好きで割いた時間だしさ。気にしないでよ。あ、キョーコちゃん、セバスさん。申し訳ないけれど、ここの片づけ、お願いをしていい?」
「はい!!いってらっしゃい!!」
「いってらっしゃいませ。」
二人にリビングで見送られながら、人気俳優と敏腕マネージャーはゲストハウスを出て仕事へと向かった。
「……ありがとうございました、社さん。」
「うん。しかし、キョーコちゃんって子は、本当に難しいコだなぁ。」
ゲストハウスを出て数歩進んだところで礼を口にした蓮に、社は長い溜息を吐きだしながら呟いた。
「俺達が単純に、『最上キョーコ』ちゃんを守りたいっていうだけじゃ、ダメなのかな?」
「色々と、根深い問題があるんですよ。」
「みたいだな。……素直に守らせてもくれないだなんて、悲しいな。」
「えぇ……。」
それは、きっと記憶があるキョーコでも同じことなのだろう。彼女は自身の幸せについて無頓着で、彼女の幸せを望むモノの存在に気付いてくれない。
「まぁ、これで一応はキョーコちゃんの周辺を警護する人間はつけられたことだし。…後の事は、お前が教えてやれ。」
「はい。彼女は、守られるべき存在なんですから。」
「うん。そこは自覚してもらわなきゃな。お前に死ぬほど愛されているんだから、もうそれだけで絶滅危惧種に指定されてもいいくらいの価値ありだと思うぞ。」
「……どういう意味ですか、それ。」
「ん?いやぁ、お前って難しそうな人間だからさぁ。そんな奴に溺愛されちゃってるキョーコちゃんって、希少な存在だと思わないか?」
にこにこ、と笑って言うマネージャーの曲者らしい笑顔に、蓮は思わず眉をしかめたが、何も言わずに彼から視線を外した。
「俺は、全力で最上さんを守ります。」
「うん。」
「社さんも、お願いしますね?」
「あぁ、もちろんだ。俺としてもキョーコちゃんを守るためだと思えば全力で調整してみせるよ。」
「お願いします。」
「……でも、お前にとってはやっぱりちょっと辛い決断じゃないのか?」
「ん?」と促され、蓮は苦笑を浮かべる。
「そんなことはありませんよ。以前ほどじゃないけれど、あの子とちゃんと繋がっているって信じているし、それに……。」
目を閉じれば、映る人達がいる。
……社さん、社長、マリアちゃん、セバスさん、琴南さん、天宮さん、だるまやの大将、女将さん、緒方監督にダークムーンで関わった役者・スタッフ達……
「皆が、あの子を守ってくれます。」
例え蓮が傍にいなくても。キョーコを支えたいと思う人がたくさんいる。そのことを、ちゃんと分かっているから。
『蓮自身』ではなく、彼らと共に、あの愛おしい存在を守ろうと誓うことが、今ならできるから。