「おはようございます。時間通りですね。」
「はい。皆さまをお待たせしてはいけませんから。」
全く気配を感じさせることなくリビングルームに突如として現れた男は、食卓を囲んでいた3人全員が知っている人物ではあった。
「びっくりした…。全然気配がなかったから……。」
「それは失礼をいたしました。」
「ドコドコドコ」と激しく音をたてる自身の心臓を抑えながら、社は褐色の肌の青年を見つめた。
「どうぞ、セバスチャンさん。」
「「セバスチャン?」」
男二人の背後まで回っていた青年に、キョーコは台所から持ってきたお茶をすすめた。…だが、耳慣れない名前に蓮と社が首を傾げる。
「…あっ!!すみません、勝手に…。あの、何だか某有名アニメに出てくる執事さんのようだなって思っていて…。お名前を知らなかったもので勝手に心の中でそう呼んでいました。」
「な、何だ~~。彼の本名かと思ってちょっと焦ったよ~~~。」
「アハハハハ~~~…」と掠れた笑い声を上げながら、社は『セバスチャン』を見る。
「そう言えば…。お名前を伺ったこと、なかったですよね。長い間失礼をいたしました。」
「いえ。私は旦那様の影ですから。特に皆様方に覚えていただくような名前ではありません。」
「でもお名前がないと呼びにくいですし…。その、私みたいに勝手に名前をつけられてしまいますよ?」
「『セバスチャン』というのもいい名前かと思います。よろしければその名前で呼んでいただければ。」
「「…………。」」
慇懃に頭を下げる青年に、三人共に言葉を失くす。その内の二人の男の頭の中では、次の言葉が回っていた。
―――いいのか、セバスチャンで……―――
「ん~~…。でも、セバスチャンさんって、ちょっと長いですよね。」
「そうだね、最上さん。ちゃんと本名を聞いた方がいい…「ここは途中で切って『セバス』さんで。」」
褐色の肌の青年の名前がどういったものかは分からない。でも、何となくだが…『セバスチャン』という感じの容姿ではないように思える。
だが、どうやら『セバスチャン』もキョーコも、すっかりその名前で統一する気でいるらしい。しかも、キョーコに至ってはその仮の名前さえも弄り始めた。
「いやいやいや!!キョーコちゃん、何でそんな中途半端に切るの!?セバスって!!セバスチャンよりひどいから!!あなたもそう思うでしょう!?」
「いえ。私は最上様から呼ばれる名前でしたら何でも結構です。」
「いいの!?」
「はい。」
きっぱりと肯定されれば次の言葉は出てこない。社は音を発することのない口を何度か開閉させた後、「は~~…」と溜息をついて椅子に座りなおした。
「ところでセバスさんはどうしてこちらへいらっしゃったんですか?」
「お二人からお話を聞いておられませんか?」
「?はい。特に何も伺ってはいませんが……。」
特に身体を動かしたわけでもないのに、どっと疲れを感じたような気分になっていた社は、そのセバス(仮)とキョーコの会話を聞いて視線を担当俳優へ向けた。
その視線を受けた蓮は、一度社に軽く頷いてから視線をキョーコに移す。
「最上さん。とりあえず、君も座ってくれるかな?」
「あ…。はい。」
キョーコはセバス(仮)の隣であり、蓮の向かいの席となる場所へと素直に着席した。未だ戸惑ったような少女の様子を見て、蓮は安心させるように微笑みを浮かべる。
「君に、マネージャーをつけたいと思う。」
「……え?」
「そのマネージャーが、彼だよ。」