「貴島さん!!さぁどうぞ!!横になって下さい!!」
「「…………。」」
天然記念物とも言えるほどのピュア少女と、業界1、2を争うプレイボーイ。凸凹としか思えないこの二人の行く先には、お目付役がいなければ危うい方向に行きかねないとは思っていた。
…思っていたが。
「すみません、胃薬は鞄の中になかったので…。ひとまず横になって落ちつきましょう。ね?」
「……え~~と、キョーコちゃん。」
「?はい。何でしょうか、新開監督?」
「……それはナニをしようとしているのかな??」
大の男が横になっても余るほどのソファの隅に腰を下ろしたキョーコちゃん。上掛けを手に、何やら使命感に燃える瞳をした少女の姿に…嫌な予感がする。
「え?あの……。私、変なことしようとしてますか?」
「ちなみに京子ちゃん。俺に何をしようとしてくれているのかな?」
「へ?…膝枕、ですけれど??」
きょとんと大きく目を見開いてこちらを見てくる少女。穢れない瞳の女の子は、「それが何か?」と全く危機感のない表情をしている。
「…よし、受けて立とう。」
「いやいや!!待てコラ、貴島!!」
肉食獣を前にしながら自ら皿の上に寝転がってみせる兎に、一瞬戸惑ったものの。捕食者が先に立て直して獲物に向かっていこうとするのを止めて、俺は慌ててソファに腰掛けるキョーコちゃんの前に駆け寄った。
「キョーコちゃん、君ね。」
「はい……。」
俺と貴島の反応に不安を覚えたのか。キョーコちゃんは、上目使いで伺うような瞳をこちらに向けてくる。
「もしかして君の好きな相手にも、こういうことをしているわけ?」
「え…。あ、あの…。い、一度だけですけれど……。」
「ボッ」と音がしそうなほど顔を赤らめるキョーコちゃんの表情は、どこからどう見ても『恋する乙女』のものだった。
「あ、でもあの時は、私が無理やりご飯を食べさせたから、気分を悪くされてっ…!!とにかく身体を休めて欲しかったんですけれど、枕がないと眠れないとおっしゃったので……。」
キョーコちゃんはその膝枕のお相手を弁護したいのだろう。少々焦り気味の声で膝枕に至る経緯を話してくれた。
だが。彼女が言い訳をすればするほど、浮かぶ感想は。
……この、最低最悪男めっ!!……
この一言に限る。
キョーコちゃんに向けた純潔を守れと言う発言といい、仮病を使った膝枕強請り作戦といい、煮え切らないにもほどがある態度といい……。
どこの誰だか知らないが、クサレ外道野郎が……。
天然記念物的純情を誇る乙女の優しさにつけ込んだ独占欲にまみれる言動の数々、許し難い!!
「貴島。」
「はい?なんですか、監督。」
俺の呼びかけに応じた男の声は、普段通り飄々とした雰囲気を装っているが。…悪いな、貴島。俺はこれでもこの道のプロなんだ。お前が怒っていることぐらい、お見通しなんだよ。
「くれぐれも、妙なマネはするなよ?」
「大丈夫です。彼女のペースに合わせることはお約束しますよ。俺は『最低男』ではありませんので。」
背後に立った男の肩に軽く拳をぶつけ、釘をさす。返された言葉に肯くと、俺はまだ不安そうにこちらを見るキョーコちゃんに微笑んだ。
「それじゃあ、俺はこれからの撮影のためにスタジオに戻るけれど…。キョーコちゃんは、貴島の傍についていてやってくれるかな?」
「!!はい、お任せくださいっ!!」
使命感燃える、イキイキと輝いた瞳で元気よく答えるキョーコちゃんに「よろしく」と伝えると、俺は貴島を見た。
「それじゃあ、存分に休ませてもらえ。」
「えぇ。そうさせていただきますよ。」
出入り口に近付き、扉を開けたところで振り返ると。案の定、キョーコちゃんに膝枕をされた貴島の黒髪が見える。
「…あの。下から女性の顔を見上げるのは失礼だと思いますよ?」
「あ、そう?じゃあ横を向いておくよ。」
「!!ちょっと、貴島さん!!う、動かないでください~~!!足がムズムズします~~~!!」
などと。なんとも初々しいカップルらしい会話が交わされるのを耳にしながら、俺は控室を出て行った。