「あぁ、勘違いしないでね。バカにしているわけじゃないから。」
「…説得力がないように見えますが?」
「いや、本当にバカにしていないよ。ただ、嬉しいんだ。最上さんに君みたいな親友がいてくれて。…だからこそ、君になら頼めるな。」
「え?」
楽しそうな笑顔を改め、蓮は真摯な瞳で奏江を見つめる。その視線に、思わず奏江は姿勢を正した。
「俺は、あの子を守りたいんだ。」
「…そうですか。」
「どんなものからも、守り抜きたい。」
「そうでしょうね。」
恥ずかしいことを容易く口にする男は、これまたこっ恥ずかしい言葉を口にする。
でも、それが目の前の美青年にとって心からの言葉であることは分かっているので、奏江は否定せずに受け入れた。
…真剣な瞳をしている、秀麗な男の表情など見ていたくもなくて、奏江は自身のカップに注ぎこまれたハーブティーに視線を向けた。
今日に限ってどうして仄かなピンク色の液体をチョイスしてしまったのか…若干の後悔をしている。
「あの子に降りかかる、どんな災いからも守りたい。…例えば、俺自身からも。」
「……え?」
宣言の最後の言葉。口から砂糖を吐かないために、適当に耳にしていた言葉の最後を耳にした瞬間、奏江は弾かれたように蓮を見た。
「だから、もしあの子にとって俺が危険だと思えば、躊躇せずに彼女を攫ってほしい。」
「…………。」
奏江は、まっすぐに見つめてくる男の瞳を逸らすことなく受け止めた。…これまでは、キョーコがいなければどこか遠くに感じていた彼が、やけに近くにいることに今更ながら気付く。目の前にいる男は、確かに液晶画面を挟んだ向こう側にいる人物ではないのだ。
こんなにしっかりと視線を合わせて話をしたのは、今この瞬間が初めてのことかもしれない。
「…敦賀さん。」
「ん?」
「一度しか言いませんから、耳をかっぽじってよ~~く、聞いてください。」
「……うん?」
奏江は小首を傾げる男の前で、思いっきり空気を吸い込んだ。そんな奏江の様子に、蓮も聞く体勢を整えるように姿勢を正す。そして。
「当たり前よ、このバカ男~~~!!」
「っ!!??」
肺いっぱいに吸い込んだ空気を大放出して、奏江は叫んだ。
「そんなの、当然のことじゃないですか。この私が、相手が大先輩だからっていう理由で引く女だとお思いですか?今更そんなことを言うだなんて、心外です。」
「…いや、君が引くなんて全然思わなかったけれど…。はははっ、そうだね。…今更、だ。」
鼓膜を潰してやる勢いで叫んだつもりだったが、目の前の男はそれほど堪えた様子はなく、楽しそうに笑っている。
「最上さんは幸せだ。君みたいな子が傍にいてくれて。」
「…あの子だけが幸せなんじゃありません。」
出会ったことに感謝しているのは、奏江も同じ。
一生1人で生きていくのだといきがっていた頃が嘘のように、キョーコが傍にいる事が当たり前になっていた。
「それに、あの子は私に出会ったことだけで、幸せになっているわけでもありませんから。」
奏江もキョーコも。スタートした時は同じように1人だった。
でも……。
新人発掘オークションで出会って、ラブミー部に入って、養成所で勉強をして、『キュララ』のCMでデビューをして…。
キョーコも奏江も、たくさんの人達と出会った。それは、役者であったり、タレントであったり、監督であったり、スタッフであったり…。時には嫌われたり、絡まれたり、好意を向けられながら、この1年間を駆け抜けて行った。そして、『今』がある。
奏江も、キョーコも。たくさんの出会いを通して、未来に向けての道を切り開いてきたのだ。
それでもきっと、奏江にとって何より大切な『出会い』だったのは、キョーコとの出会いだ。だからこそ、たった1人の親友の幸せを、心の底から願っている。