(男は大概…)
「はい、敦賀さん。」
「……え?」
色々と大変であった買い物が一段落した後。再びマンションへと帰ってきたキョーコを出迎えた蓮は、キョ―コからの地にのめり込むほどの土下座謝りを受けて心身ともに疲れ果ててしまった。
疲労感も露わな蓮に、「今日はもうゆっくりしてくださいねっ!!」と言い、キョーコは抱えて帰ってきた10キロの米の入った袋(×2)とエコバックに詰めに詰め込まれた食材(×2)を1人で持ち込んでみせた。
…「手伝うよ」と声をかけようとする蓮の言葉と行動を完全無視して…。
そして、余計にへコヘコと沈み込む人気№1俳優に気付くことなく、手早く本日の夕飯を作り上げたのだ。
二人合わせての食費200円の豪華(?)夕食をとった後、ゆっくりと二人でくつろいでいた時。
キョーコが蓮の右手を取り、その掌に薄く、銀色に光る円形の物体を1枚、置いた。
「…え~と?」
その物体は日本に来てから馴染みになったもので、蓮にとっても珍しいものではない。だが、それを掌に置かれて動揺する気持ちはある。
「あの、京子ちゃん…?」
「今日、敦賀さんのおかげで計画以上にいい食材を山ほど手に入れることができましたので、これで今後のチャレンジの見通しを立てることができました。」
「うん…そう、よかったね。」
『お色気ムンムン☆逃亡大作戦』における、殺気漲る女性達の襲撃から逃れるためにとった行動の数々を思い出しかけて…蓮は、ブルリと身体を震わせた。
「それで、ですね。敦賀さんに、自由に使っていただくお金ができそうなんです。」
「えへへ…」と嬉しそうに笑うキョーコ。そのキョーコの表情を見つめた後…。蓮は、掌で鈍く光る銀色を見る。それは、何気なく自販機で缶コーヒーを購入する時に財布から取り出す1枚の硬貨。
「とはいえ、1日100円が限度です。それ以上はどう頑張っても捻出はできないと思うので。」
「ありがとう…。でも、それじゃあ京子ちゃんは…?」
1ヶ月を1万円で生活する。
つまり1日平均300円で過ごす必要がある。この中での100円の重みは計り知れないものになるはずだ。それくらいは蓮には分かる。…いや、セレブリティー敦賀蓮だからこそ、より一層分かるのだ。
…何せ彼には、1日1万円の生活さえ想像できないのだから…。
「私はいいんですよ。お財布を握らせていただいているのは私ですから!!それに、このチャレンジ、絶対成功させたいんですっ!!そのためには多少の我慢くらいヘッチャラです!!」
どん、と胸を叩いて見せるキョーコの瞳はイキイキと輝いていた。…その眩しい笑顔から、蓮は自分の掌で鈍く輝く硬貨に再び視線を向ける。…1日300円の生活の中の100円…。この価値たるや、いかようのものなのか…。
「京子ちゃん、やっぱりこれ…「それにしても、これって何だか世のご夫婦の生活みたいですね。」」
「……え?」
重みのある鈍い光を握りしめ、蓮はその硬貨をキョーコに返そうと思った。キョーコが無駄遣いをしないというなら、蓮も同様にすべきだ。なにせこれは、『二人のチャレンジ』なのだから。
「ほら、世の結婚をした男性は、大概お財布を妻に握られるじゃないですか。1ヶ月3万円とか言われて。うふふっ、敦賀さんの収入だったらそんなことには絶対ならないと思いますけれど。」
ニコニコと笑いながら言うキョーコ。
…彼女は今、何といった…?
―――何だか世のご夫婦の生活みたいですね―――
「…京子ちゃん……。」
「はい?」
100円の重さは承知している。この1ヶ月の生活の中で、ものすごく貴重な財源であるそのワンコインは、常であれば目の端にも映さないものだ。むしろ硬貨は財布がかさばるから好きじゃないとさえ思っていたのに……。
だが、この1枚の硬貨は…なんと貴重で、愛しいものだろう……。
「ありがとう…。」
蓮は、掌に乗せられた100円玉を握りしめる。…キョーコから手渡された、蓮にとって初めての『お小遣い』。
「いいえ。むしろ敦賀さんにはご不便をおかけします。できる限り快適に過ごしてもらえるよう、最善を尽くしたいと思っておりますので!!」
「うん。お互い、頑張ろうね。」
楽しそうに笑うキョーコに、蓮も微笑み返して…。彼は、結婚した男性の大半が経験する『お小遣い制』を嬉々として受け入れたのであった。