○月△日 13:00 Aスタジオにて
「よ~し、じゃあ1時間休憩!!昼食にしようっ!!」
「「「「お疲れ様で~~す。」」」」
チェックの後、俺はその場にいた全員に声をかける。貴島とキョーコちゃんを含めた役者陣と裏方の面々は、俺の言葉に笑顔で応じる。…途端に現場から緊張感が解けてなくなった。
「京子ちゃん。それじゃあ一緒にご飯を食べようか。」
「あ、はいっ!!」
貴島はキョーコちゃんの手を握ると、スタッフから二人分の弁当とお茶を受け取り、スタジオから出て行ってしまう。どうやら貴島は、二人で昼食を取ることから関係をスタートさせるつもりらしい。
「……新開監督。」
「なんだ?」
「なんでついてくるんですか?」
仲良く手をつなぎ、スタジオを出ていく二人。そんな二人の後を、同じく弁当とお茶を持ってついていった俺に、貴島が眉を寄せて質問してくる。
「愚問だな。」
「そんなに信用ないですかね、俺……。」
「宝田社長からの忠告だからな。俺だってこの世界から干される気はさらさらないし。」
「俺だって、LMEの社長を敵に回すような命知らずなこと、するわけないでしょう?」
不満いっぱい、という表情を浮かべる貴島は、奴の隣で俺達のやりとりを楽しそうに見ているキョーコちゃんに「ねぇ?」と同意を促す。
「本当に。社長さんは何を心配されているんでしょうね?」
「……。うん。キョーコちゃんのそういうところだよ。」
「ふぇ?」
キョーコちゃんは全く貴島の存在を『危険人物』と認識していない。
実際、貴島がこの撮影中にとんでもない暴挙にでるとは俺も思ってはいないが…。
―――お前、うちの最上君に万が一のことがあったら、明日の朝日は拝めないと思った方がいいぞ。―――
今回の『恋人ごっこ』については、キョーコちゃんの了解が取れてから、宝田社長にも連絡をした。その際に、のんびりとした口調ながらに言われた一言が、脳裏に浮かんだ。
この旨は重々貴島にも伝えている。社長自らがキョーコちゃんの身を案じている、ということに俺も貴島も驚いたものだが。
「??何ですか?私の顔に、何かついています?死相が現れているとか…??」
俺と貴島はじっとキョ―コちゃんを見つめる。…それに対し、何も分かっていない無防備な少女は戸惑うだけ…。
何とも危なっかしい女の子だ。これには相応しい保護者が必要だよな、本当に。
「いやいや、死相とか出てないから。…ふぅ~~。何か蓮の気持ちもわかるなぁ……。」
「??はぁ…そうですか……。」
不思議そうに首を傾げるキョーコちゃんは、俺の言葉の意味を全く分かっていないようだ。
これだけ危なっかしい少女が周りをうろちょろしていたら、蓮でなくても思わず口出ししたくなるだろうし、守りたくなるだろう。普段とは違う対応で少女の身を案じている人気俳優を思い出し、俺は溜息をついた。
そして、ちらりと彼女の右隣に視線を向けると、貴島の奴も呆れたように笑っている。
「…お前も気合いれていけよ?」
「そうですね。色々大変だろうなぁ……。」
「?何がですか?」
「ん?…いや、害虫駆除の話。」
「??ゴキブリでもいました??」
「うん。大丈夫。出てきても、ちゃんと退治するから。」
手をつないでいない右手で、キョーコちゃんの頭をポンポン、と叩いてやる貴島の笑顔はとても優しい。庇護欲をそそる少女の天然ぶりには驚かされっぱなしだが、悪い気はしないのだろう。
「ゴキブリなら私も退治、できますよ?」
「うん。でもそこは俺に任せて。…1人でやっつけに行かないようにね?襲われたり、噛みつかれるかもしれないからさ。」
「??ゴキブリは噛んだりしませんけど…。」
「噛むゴキブリも最近いるからね。気を付けたほうがいいよ。」
「えぇ!?そんなの聞いたことも見たこともないですよ!!私の事、バカにしていません!?」
「してない、してない。」
キョーコちゃんと貴島の、テンポのいい会話を聞きながら、俺は彼らから少し距離を置いて二人の様子を窺う。
『恋人同士』という設定ゆえか、彼ら二人から流れる雰囲気は、甘いものとは言えないまでも、二人でいることが実に自然に見えた。お互いがリラックスしているのがよく伝わってくる。
遊び人だと思っていた貴島だが、奴には燃え上がる恋よりも、意外とこういう平凡な幸せというものが似合っているのかもしれない。
人は外見で判断するものじゃないな、うん。