「いただきます。」
「はい、お召し上がりくださいませ。」
キョーコは、蓮が少し冷めたオムライスに手を合わせ、食べ始める姿をぼんやりと眺めていた。
…とてつもないものを見てしまったような気がするし、妙なことを言われた気が、する。
「おいしい…。」
そして、今も信じられないものを見ている。
キョーコを嫌っているはずの男が、彼には不似合いすぎる子どもの好きそうな食べ物を食べ、満面に笑みを浮かべているのだ。
夢…と考えようとも思った。だが、蓮がキョーコの演技にオロオロと翻弄する夢は見たとしても、キョーコの作ったものを「おいしい」と言い、幸せそうに微笑んでいる夢など見るはずがない。願望も深層心理においても、目の前に繰り広げられている光景などキョーコの中にはなかった。
それどころか……
―――君のことが……―――
「ぎぃや~~~~~~あ~~~~~っ!!」
「ブッ!!…ゴホッ、ゴホッ、ケホッ……」
今、最も嫌悪すべきもの。キョーコが否定し、受け入れられるわけがない言葉。
忌み嫌うその言葉を、あまりにも美しい声が紡いだことを思い出しかけた瞬間、キョーコはそれを消し去るために絶叫した。
途端にキョーコの隣でオムライスを貪っていた蓮が驚き、噎せ返る。
「あぁ!?すっ、すみません、敦賀さん!!お、お水をお持ちします~~!!」
「ケホッ、あ、ありが、とう…。あの、俺の冷蔵庫に、ミネラルウォーターが…ケホッ」
「はい~~!!お持ちします~~!!」
目を白黒させながら涙目になり、噎せる蓮に、キョーコは大慌てで蓮の冷蔵庫へと走った。
―――…君が、好きなんだ…―――
「ヒィ~~~~ッ!!」
―――忘れるのよ、キョーコ!!即刻脳の外に追い出すのよ~~~!!―――
冷蔵庫を開けた瞬間にまた蘇る、優しいテノールの美声。紡ぐ言葉の意味を理解することを拒否し、キョーコは首が千切れるほどの高速で頭を横に振りまくる。
それは、この世で一番無意味であり、他者から望むことなど滑稽な言葉のはずだった。誰がどんな時にキョーコに囁こうが、認めることなどできないはずのものだった。それなのに、その言葉を紡いだ美しい声は、キョーコの中に留まり、あろうことか再生機能まで搭載されている。
…違う、今は水を持っていくこと…!!それに集中っ!!集中するのよ、キョーコ~~~!!
ひんやりと漂う冷気を顔に受け、熱く火照る頬が冷めてくれることを祈りながら…キョーコは冷蔵庫の中へと視線を向ける。
聞いた瞬間は、驚きと身の内を駆け巡った恐怖で妙な動揺の仕方をしなかったというのに、気持ちが落ち着いてきた途端、騒ぎ出す胸の奥は、一体どうしたことなのだろう。
「動悸、息切れ、発熱……。もしや、変な病気??どっ、どうしよう…。明日は愛しのモー子さんとラブミー部の仕事があるのに。」
無言でいると再び繰り返されそうな脳内に留まる『声』を聞かぬようにするため、キョーコはブツブツと呟きながら冷蔵庫の中を確認した。
「……ん?」
ミネラルウォーターはすぐに見つかった。それに手を伸ばし、取ろうとしたところで、キョーコの動きが停止する。
…何だか違和感がある。何が、ということは分からない。だが、なんだかとてつもなく…違和感が、ある。
「ぅん!?」
一通り冷蔵庫内を確認し…。それから…キョーコは、「カサリ…」という音と、足首に触れた感触を追い、冷蔵庫内から視線を移した。
キョーコの足元…そこには。
蓮が使用しているのであろう、ゴミ袋があった。
「……んんん!!??」
そして、キョーコは。
彼女の望む通り、蓮の告白を脳外へ追い出すことに成功したのである。