「……子どもの天女が、現れたと思ったんです。」
うっとりと、目を細めながら呟いた色男。昔を懐かしむような…愛しいものを見つめるようなその表情は、とても美しかった。
「こう、ツインテールを作って、目にいっぱいの涙を浮かべて…彼女は、俺が涼んでいた河原に現れたんです。」
頭上に握り拳を二つ乗せて、敦賀蓮は当時を思い出したのだろう。クスクスと楽しそうに笑った。
「でも、俺が彼女に問う前に、彼女が言ったんですよ。『あなた、妖精?』って。」
「よ、妖精…です、か?」
「えぇ。俺だって大概でしたが…彼女の発想も面白いでしょう?」
心底面白そうに笑う敦賀蓮は、私の目から見たら…。…立派な青年だわ。そりゃあ、物凄く整った顔立ちはしているし、そこらの美術作品なんかじゃ適わない『美』の集大成だとは思うけれど…。ちょっと妖精には見えない。
「お前、そりゃ何歳くらいの時だ?」
「確か10歳だったと思います。」
「あぁ~~。なるほどなぁ。そんくらいの年の頃はお前、女装させても違和感ねぇほど可愛い面してたもんな。」
「…喜んでいいんですかね?それ。」
眉を寄せ、困ったように宝田社長を見る敦賀蓮。
…なるほど、10歳の少年…。どんな感じかは分からないけれど、それくらいの男の子って、確かにびっくりするくらい可愛い子がいるわよね…。男にしておくのがもったいないと思っていたら、その数年後には立派におっさんくさくなっていたりするし。
「彼女、とても悲しいことがあったみたいなんです。でも、俺を見た瞬間に涙をひっこめて、何の裏もない笑顔を俺に向けてくれたんです。」
「…………。」
「当時、人間不信に陥りかけていた俺にとって、彼女のその笑顔はとても眩しくて…嬉しかったんです。」
しみじみと語る言葉達。きっと、その裏に潜む感情は、今彼が語っている内容よりももっと深い想いがあるのだろう。その詳細までは分からないけれど、語るその表情が言っている。
「彼女が愛おしい」と。「彼女といることが幸せなのだ」と。
「彼女と過ごしたのは、数日間だけでした。お互いに、少し家庭の事情や人間関係について話をしたことはありましたが、ほとんどの時間を彼女の『ごっこ』遊びに付き合ったり、河原を散策したり、お菓子を食べたりして過ごしました。」
「『ごっこ』遊び…ですか…。」
「はい。とはいえ、俺は彼女の王子様にだけはしてもらえませんでしたがね。」
子どもの時の話とはいえ、天下の敦賀蓮が『ごっこ』遊び…。想像したくてもできない情景に、思わず唇が引くついてしまった。でも、彼はそんな私の様子など気にもせずに「妖精国の王子様にはしてもらったんだけれどなぁ…」と零す。
…妖精国の王子様…。それもどうかと思うわ…。
「彼女には、不思議な力があるんです。」
「不思議な力…ですか。」
「えぇ。…その時、一番欲しいと思った言葉や、行動を無意識にしてくれる…不思議な力が。」
「…フッ、違いねぇな。」
敦賀蓮が穏やかな笑みを見せながら言った言葉に、宝田社長も同じように微笑んで肯いた。
「幼い彼女も同じでした。俺の容姿を褒めて、俺の行動に喜んでくれて、俺の話に涙を流してくれて…。それは、純粋な彼女の感情のままで表現してくれたものだったけれど、俺が何より、欲しいと思っていたことでした。」
瞳を閉じ、口元を穏やかに緩め…敦賀蓮は、昔を思い出すようにゆっくりと告げる。
「……本当に、お好きなんですね。京子さんが。」
「はい。彼女は、俺の光だから……。」
春の日射しのような男だと、業界で有名な青年。彼こそが業界の中で光り輝く男なのだと思っていたけれど…。
彼は、照らされていたのだ。たった一人の少女に。
「そうか…光、なぁ…。…まぁ、間違いじゃねぇんだろうが…。おかげでお前、崩されるところまで崩されちまったよな?」
「……どういう意味ですかね?それは……。」
ぽつり、と呟き、不憫そうな表情を浮かべながら宝田社長が敦賀蓮を見つめる。その発言と表情を受けて、敦賀蓮が、ひくりと口を歪ませた。
「お?言っていいのか?例えばダークムーンの打ち上げの時の話とか…。」
「!?あ、あれは…!!」
「全く…誠実そうな顔して影で俺の名前を都合良く使って偉そうな説教した上に、勝手に二人でインタビューまで受けちまいやがって…。」
「過去の話でしょう!?もうその時のことはいいじゃないですかっ!!」
ダークムーンの打ち上げの時のインタビューといえば、今でも鮮明に覚えている。『未緒役』の京子さんの姿があまりにも美しくて、私もテレビにくぎ付けになったから。
その隣で微笑む敦賀蓮とのツーショットがものすごくお似合いで、この二人を同時にインタビューしたテレビ局側の対応に感謝感激したものだったわ。
「あのインタビューって、敦賀さんが勝手に二人で受けたんですか?」
「そうだ。主演のこいつが1番最初にインタビュー受けねェなんておかしいだろう?しかも、美月ならまだしも未緒とインタビューを受けるなんて、普通じゃねぇ。」
「……。ですよね。」
二人が仲がよさそうに話している姿を、目の保養だと浮かれていたから気付かなかった。きっと、お茶の間の皆さんも私と同じ感覚だったはずだわ。そもそも、あの報道番組のコメンテーターだって突っ込みをいれなかったんだから。
でも、このことはつまり、違和感を抱かせないほど、二人で並んだ姿が自然だった、ということに結びついてくる。
「仕方がないでしょう?あの時には貴島君を筆頭に、悪い虫が山ほど彼女に群がるから…。」
「クドクドしつこい説教を装った嫉妬しまくりの発言の数々がなかったらまだましだったがな。俺はお前という人間性を本気で疑った。」
「……申し訳なかったと思っていますよ。勝手に名前を使って……。」
「いや、面白かったから別にいいんだがな?」
「いいんですか……。」
「おう。お前のその狭量な心と重すぎる愛情も結構好きだから。」
「はぁ、そうですか…。」と敦賀蓮は愛に寛容な社長に生返事を返す。
「それにしてもなぁ。そんなに前に、京子と出会っていたのか、お前は…。」
「えぇ。俺もですけれど、彼女も雰囲気が変わっていましたから、最初は気付きませんでしたけれどね。」
「え?じゃあ、どうやって初恋の女の子だって気付いたんですか?」
どこか呆れたような表情の宝田社長に、敦賀蓮はクスクスと楽しそうに笑って答える。その発言に、報道機関の人間の性なのか。即座に突っ込みを入れると、敦賀蓮は目を大きく見開いて私を見つめた後…。ふわり、と優しげに微笑んだ。