「いいのよ、それで。」
「へ?」
そんな少女は、それでも向き合ったのだ。一度目の恋によって粉々に砕け散ったはずの想う『こころ』を無理やり修復させられて。枯らせた泉に甘くまろやかな清水をこんこんと湧きたてられて。適わぬ想いと諦めながらも、それでも決意をしたのだ。抗いながら生まれた想いを、伝えることを。
「無理して、話す必要なんかないわ。」
「モー子さん…。」
――-この子は、立ち向かったわ。向けられた想いに気付いていなかったけれど、自分の気持ちに向き合って、想いを伝えようとしていた。――-
きっと、眠れぬ夜を過ごしたこともあっただろう。涙を流した日もあったのかもしれない。告白を決意していた『あの日』。本当は逃げたいと、思った瞬間だってあったはずだ。
「あんたが、敦賀さんと話をしたいって思う時まで、あんたから話しかける必要なんかないわよ。」
「そう…かな?」
どちらが先に恋に落ちたかなんて。どちらの想いがより強いかなんて。そんなことで測るつもりはない。それでも…
「そうよ。敦賀さんだって、あんたとちゃんと話をしたくなったら話しかけてくるわ。だから、あんたはわざわざ気持ちがざわつく男に自分から向かっていく必要なんてないの。」
―――この子だけが、この『想い』のために動くのは、フェアじゃない。…そうでしょ?――-
奏江は、にっこりと笑って見せた。視線の先には、迷うような表情を浮かべるキョーコがいる。記憶を失ってもなお、蓮を気にかけ、蓮を想う気持ちを失っていないキョーコに、奏江は呆れと…そして、その深い『想うこころ』を羨んでしまう。
―――欲しいなら、追いかけてごらんなさい。…あなたには、チャンスがあるんだから―――
脳裏に浮かぶ、親友を惑わす憎い男の笑顔。幸せそうに微笑んでいた彼もまた、闘っているのだろう。だが、その闘いが一人相撲であっては意味がない。
「でも、あんたもね?敦賀さんが、話をしたいと願い出てきた時は、ちゃんと話を聞いてやりなさいよ。…あんたにとって、敦賀さんは決して『敵』じゃないんだから。」
「……。うん。わかった。」
こっくりとうなずく友人に、笑顔を向けて。奏江は心の中で伝える。初めてできた親友の、輝かしい未来を信じて。
――-大丈夫。あんたは幸せになれるから。…なる資格が、充分にあるんだから。だから、どうか。どうか…幸せに。幸せに、なって……――-