「ルン、ルルン、ルル~~ン♪」
「…………。」
都内にある某マンションの一室では、実に上機嫌な少女と、その少女を白けたような視線で見つめる少女が一つのテーブルを挟んで座り、紅茶を口にしていた。
「…あんた、一体何がそんなに楽しいわけ?」
「え?だって、私…女友達のお家に泊りに行くなんてしたことなかったんだものっ!!こんな夢みたいなことが、現実世界で可能になるだなんて、今の私ってばどんなに幸せ者なのかしらっ!!」
「私っ!!本当に幸せよ~~っ!!」と大興奮のキョーコ。その様子をひきつった笑みで見ながらも、特に拒否することなく受け止めて、奏江はキョーコにクッキーを差し出した。
「これ、貰いものだけど食べて。私、年中ダイエットしているし、あんたにあげるわ。」
「え!?そうなの!?じゃあ、明日はお肌によくってカロリー控えめの朝食を作るねっ!!」
奏江からすすめられたクッキーを1枚とり、キョーコは満面の笑顔で言った。
「…あんまり大量に作らないでよ。」
「分かったわ!!」
「ムンッ」と気合充分に肯くキョーコは、既に明日の朝に向けて思考を飛ばしているようだった。キョーコの作る物の美味しさを知る人間としては、あまり気合を入れて欲しくないところなのだが……。
「あんたの作る物は何でも美味しいからいつも食べ過ぎるのよね……。」
「ほぇ?」
明日の朝、大量に食べてしまう自分を想像して、「はぁ~~~~…」と、長く深い息を吐く奏江に、キョーコは大きく目を見開いて小首を傾げる。
「……。何よ、不思議そうな顔をして。」
「モー子さん、私の作った物って、美味しいの??」
「?もちろんよ。あんただっていつも楽しそうに作っているじゃない。」
それは、奏江自身が差し入れてもらっていたものもあったが…。それよりも圧倒的に、キョーコの作った物以外を食べようとしないあの問題俳優へ差し入れているものを遠目で見ている事の方が多かった。
記憶を失う前のキョーコは、時間がある限り、彼の食事を作ってやっていたらしい。問題の男に「専属シェフにする気か」と嫌味を言いたくなったこともあったが、彼にそんな気持ちが微塵もないことを知っていたし、キョーコ自身が楽しそうにしていたから黙って見ていたのだが。
「……うふふ~~~~~。」
「!?何よ、気持ち悪いっ!!」
過去のキョーコと蓮の姿を脳裏に思い浮かべていた奏江。そんな奏江の聴覚が、奇妙な笑い声を捉えた。その声の方角に思わず視線を向けると、そこにはニマニマと気持ち悪いほどにやける友人の顔がある。
「えへへ~~~~。だって、私、自分の作ったものを褒められることって、ほとんどなかったから~~~~~。」
「うふふっ、えへへっ…」と頬を赤く染めながら笑み崩れるキョーコ。そんなキョーコを見ながら、奏江は少し前には当然のように展開されていた『日常』を思い起こした。
―――ごちそうさま。今日も、美味しかったよ。ありがとう。――-
―――うふふっ、お粗末様でした。今日もちゃんと完食してくださってよかったです―――
―――当然だろう?最上さんの美味しい手料理を、残すなんてもったいないこと、するわけないじゃないか―――
―――……ありがとう、ございます……――-
お弁当を広げ、楽しそうに食事をした後。必ず繰り広げられる二人の世界。ブラックコーヒーでは適わない、甘い世界の住人であった二人。優しい笑顔を浮かべる男に、照れながら微笑んでいた…過去に存在した、『最上キョーコ』の姿。
……『美味しい』なんて言葉、あの男に耳がタコになるほど言われ続けた言葉だっただろうに……