(敦賀蓮の場合)
「……なんですって?」
「いや。だからな?1ヶ月1万円生活だ。」
突然大事な話があると言われ、社と共にLMEの社長室に訪れた蓮は、あいさつもそこそこに突き付けられた『仕事』内容に眉根を寄せる。
「……1ヶ月……1万円?」
「言っておくが、1日1万円じゃないぞ。」
「……はぁ。……1ヶ月に……1万円……。」
「うむ。実感湧かんのは分かる。お前に想像しろと言う方が無理なのもよくよく分かっている。」
1枚の福沢諭吉が描かれた紙を思い浮かべ、ぼんやりと呟いた言葉に、ローリィが「さもありなん」とでもいうように頷く。
「……別に想像できないわけじゃないですよ。」
「ほっ、ほ~う?じゃあ聞くが、どんな生活だと思う?」
「それは…「ま~さ~かお前、『路上生活』とか極端なことを想像してんじゃないだろうなぁ?」」
「!?」
図星をさされ、ぎくりとローリィを見ると、眉を寄せ、呆れたように首をふる姿が見える。…そして、右隣を見ると…目を丸くしている社の姿が。
「……蓮。一つ言っておくが、誰も『敦賀蓮』の路上生活とか、見たくないと思うぞ?」
「LMEとしても、そんな仕事、受けるわけねぇだろう?一応お前は、穏やかな笑顔を浮かべる爽やか紳士で売ってんだからな?」
『敦賀蓮』を他人に諭されて、蓮は思わず眉をしかめる。…そんなこと、ローリィや社に言われるまでもなく分かっている。自身が作ってきた人格なのだから。
「とにかく、これは番組内の人気の企画なんだ。それの50回目記念っつぅ~ことで、相当盛り上げたがっている。俺も懇意にしている奴が関わっている番組だから、お前のことを貸し出すことにした。」
「!?ちょっと待ってください!!」
驚きの声で反応したのは蓮ではなく社だった。蓮は大きく目を見張ることしかできない。
「蓮は365日のうち、ほとんどを休みなく働いているんですよ!?」
「おう。…お前、もうちっと仕事休めや?若いからって過信していると、とんだ落とし穴に落ちるぞ?」
「……はぁ。どうもすみません……。」
「それに、蓮は仕事の上がりが25時とか26時とか、ありえない時間の日だってよくある話なんです!!」
「おう。…お前、20代のってんだから、ちゃんと休まねぇと目に隈とか、肌が荒れるとか、色々症状でてくんぞ?今テレビの画像もよくなってきてんだからそういう自己管理もしっかりしろや?」
「…はぁ。気をつけます……。」
「~~~~っだからっ!!蓮にはそんなプライベートもなくなるような仕事をさせるわけにはいきませんっ!!」
社の言葉を受ける度にローリィは眉をしかめて蓮を説教する。…それに対して蓮は気の抜けたような謝罪の言葉を呟く。そんなやりとりに、敏腕マネージャー殿はついに爆発してしまった。
「まぁなぁ。四六時中、カメラが近くにあるとなると、疲れるだろうがな。しかも、自宅でやるわけにいかねぇから、どっかのマンション借りて挑戦することになるだろうし?」
「そうですっ!!ただでさえ休息が不足している蓮に、これ以上仕事を与えるだなんて、冗談じゃありませんっ!!」
どこまでも頼りになるマネージャー殿は、自身の雇い主にも尻込みすることなく拒否の言葉を口にする。
「ほっほ~~う。事務所の社長に楯突くと?」
「無謀なことを言う方に対して、抗議するのは当然です。」
「ふむふむ。最もだ。…だがなぁ、社?この取り組みは50回記念だと言っただろう?」
にたり、と笑って見せる社長の顔。…その顔を見た途端、渋面になった。
社ではなく、蓮が。
「……へ?」
「50回記念は、特別企画だ。なぁに、プライバシーは多少なくなるかもしれねぇが、そんなもん、気にする必要もなくなるさ。」
その社長の顔。その顔には覚えがある。…それは、『敦賀蓮』で遊ぶ気満々の時の実に胡散臭く、いやらしい笑顔だった。
―――今度は何を企んでいるんだ…!?―――
「くふん…」と厭らしい笑い声を立てた後。ローリィは驚くべき企画内容を口にしたのだった。