蓮が足を踏み入れたその先は、様々な備品や小道具が積み上げられた場所だった。とても控室とは思えないその場所の様が新鮮で、蓮はキョロキョロとあたりを窺ってしまう。
「……話って、何ですか?」
「…え?」
奥まった先にカーテンが引かれた場所がある。『間仕切り』の意味があるのだろう、その場所がきっと彼が鶏から人間へと華麗に変身する場所なのだ。
思わず笑顔を浮かべてしまった蓮。そんな彼に、鶏が声をかける。
…やけにクリアに聞こえたその声が……。
よく知る少女のものに似ている、と思ってしまった。
背後に立つ鶏。そちらに視線を向けないまま、蓮はある1点を見て、大きく目を見開き…そのまま固まってしまった。
――― あっ!!敦賀さんっ!!見てください~~!! ―――
部屋の隅に備え付けられたテーブルの上には、ちょこんと置かれた薄ピンク色の可愛らしい鞄があった。
――― これっ!!可愛いですよね!?素敵ですよね!?えへへっ、実はですね、この前、モー子…琴南さんとショッピングに行ったんですけれど……。 ―――
数週間前。事務所でたまたま出会った少女は、ピンク色の可愛らしい鞄を片手に満面の笑顔で報告をしてくれたのだ。
――― その時に一目ぼれしてしまって…!!私にはちょっと高かったんですけれど、値切って値切って…なんとか買うことができたんです~~~!! ―――
「可愛いでしょ!?ねっ!?」と瞳をキラキラと輝かせ、頬を上気させながら語る少女こそが可愛らしくて…「そうだね。」と同意したのだ。そんな彼の言葉にはちきれんばかりの笑顔を浮かべた…愛しい、人。
ドクリッと心臓が高鳴った。
…今、背後にいるのは…。『鶏君』である人物は…一体、誰なのだろう……?
視界に映る可愛らしい薄ピンク色の鞄。品質のよい鞄ではあるが、量産品のものだ。別にこの世に1点しか存在しないものではない。
「手短にすませていただけますか?私、この後行かなければならないところがあるんです。」
だが、聞こえる冷え切った声が。目の前で蘇るかつての『最上キョーコ』が。その少女の傍によく見るようになった、視界に映る鞄が…如実に語っている。
「……いつから、なの?」
「は?何がですか?」
整理できない頭の中。それでも、口をついて出てきたのは当然の疑問だった。
…その答えを、聞くべきではないと心の奥底にいる誰かが警鐘を鳴らすのに…
「君はいつから、この仕事をしているの?」
「私もよく知りませんが…1年以上前からだそうですよ。この番組が始まってから、私がずっとこの着ぐるみの仕事をしていたんですって。」
―――敦賀君が大嫌いなので勘でイヂワル言っただけなんです~~~~~~!!謝るからっお願い、怒らないで~~~~!!―――
―――ぃよっ久しぶり。相変わらずヒドイ顔で悩んでるな―――
―――よお、偶然っ!!いやー廊下歩いてたら君の名前見つけてさ。ちょっと顔見て行こうかと思って―――
へコヘコと謝る鶏も。動けなくなった時に現れて声をかけてくれる鶏も。
ドクリ、ドクリと響く自身の心臓の音。うるさくて耳障りなその音……。
その音を、聞きながら…………。
ゆっくりと…ことさらにゆっくりと。蓮は、背後に立つ『鶏』へと視線を向ける。
「それで?ご用件は?」
「…………っ!!」
ずんぐりむっくりな身体の傍らに円らな瞳の愛らしい表情をした鶏の頭部を置きながら、蓮を見つめる……少女。
ドクリッ!!とひときわ大きく鼓動がはねた後。
……自身が刻む命の脈動さえもが、消えた、気がした。