「きょ、京子ちゃん…?」
「一体なんなんや…。訳わからんな…。」
呟く男二人の声に、俺はやっと我に返ることができた。…腕の中には、やっぱり円らな瞳の『にわとり君』の頭部が残っている。
「あの…。ちょっといいかな?」
「「はい?」」
俺と同様、彼女の絶叫と奇行を茫然と見つめていた若い男二人は、俺の声かけに応じてくれた。
「あの…。今の、最上さ…。…いや、タレントの『京子』だよね?」
「えぇ。俺らの番組のマスコットキャラクターの中身をやってくれているんです。なぁ?」
「はい。俺らよりも人気あるんですよ。いつのまにやら番組ジャックされているし。」
「なぁ?坊のミニコーナーのほうがウケがえぇて、俺ら情けなさすぎ!!」
あはは~、と呑気に笑うその表情には、『にわとり君』に対する敵愾心もなく、むしろ好意を抱いているようだった。…うん、そのことはまぁ、いいんだ。
「…『京子』はいつから着ぐるみの仕事なんかしているの?」
「え?…俺らの番組が始まった時からですけど?」
「それって、1年くらい前?」
「えぇ。初回からほとんどずっと、中身は京子ちゃんです。」
1年前…。と、いうことは…。
―――俺は、『天手古舞い』がどう大変な舞いなのか全く知らないんだ―――
「っ…………!!」
おっ、俺の恥ずかしい勘違いを知ったのは、君だったということか……。いや、待て!それよりも……!!
―――君は…恋をしたことがあるか……―――
「嘘だろっ!?」
思わず零れ出た声は、驚くほどに上ずったもので。俺はその場にへたりこんでしまった。
「えっ…?あ、あの?つ、敦賀さん……?」
「ど、どうしはったんですか……?」
心配そうに聞いてくる関西弁を話す男達。だが、彼らに返す言葉は何一つ浮かばない。…というより、どうやって『敦賀蓮』の顔を保てばいいのかがもう分からない……。
「…蓮…。」
そんな俺に、優秀なマネージャーの声がかかる。
「……落ち込む気持ちもわかるが。……今を逃して、いいのか?」
俺を支えるその人物の声で、俺ははっと頭をあげる。…もはやあの『ぷきゅぷきゅ』という間抜けな音がどこからも聞こえなくなっている。
「キョーコちゃんは逃がしたらなかなか捕まえられないぞ。なんといっても、野生並みに勘がいい。」
ま、運は悪そうだけれど。と、どうでもいいことを付け足す社さん。そんな彼に返事をしている場合じゃないと、俺は立ち上がり、走り始めた。…あの、間抜けな音が消えていった方向へ。
「時間ギリギリになったら電話をしてやる!!しっかりやれよ!!」
「はい!!」
激励の言葉を背に受けながら、俺は走った。