「では。お互いに嫌いなところを5つ、述べてもらおうか?」
「……え?」
「……は?」
どんなテストかと身構える俺達の前で、ヒズリ氏は妙なことを言い始めた。
「恋と言うものを『一瞬の情熱』と例える奴もいる。若い人間は余計に一時の想いのままに突っ走るところも確かにあるからな。だから、相手の欠点も理解した上で相手を愛していることを証明してみせろ。」
俺達の間で悠然と椅子の背にもたれかかり、宣う男。…そんな男から俺達は互いのほうへと視線を向けた。俺を見つめる少女の瞳は、どこか不安な色を浮かべている。
「キョーコ。」
「!!はっ、はい!!」
「お前から言ってごらん。」
「えっ!?わ、私からですか!?」
キョーコは途端に身体を硬直させる。…俺を見る視線は、不安から恐怖へと色を変えていく…。
…お嬢さん、それ、どういう意味だい……?
「大丈夫だ。敦賀君がもし怒り狂ったとしても、父さんが守ってやる。」
「で…でも……。」
「少し不満なところを言うくらいで怒り狂うような男なら、別れて当然だ。大丈夫。お前ならハリウッドでも充分通じる役者になれるさ。」
「ちょっと待ってください!!何を勝手にアメリカに連れて帰る気になっているんですか!?俺が彼女を離すわけがないでしょう!?」
「キョーコが望めば君から引き離して庇護するのが親である私の仕事だ。…まぁ、それが嫌なら、キョーコに怒りをぶつけないことだな?」
ふふん、と笑うその顔が……。とにかく…腹立たしい………!!
「さぁ、キョーコ。言ってやれ!!」
「はい!!そっ、それでは……。」
ヒズリ氏の促しに従い、キョーコは大きく息を吸い込むと、キッと俺に鋭い視線を向けてきた。
「敦賀さんの空腹中枢が麻痺しているところです!!」
「……ん?なんだ、それは??」
「敦賀さん、こんなにご立派なお身体をしているのに、全然ご飯を召しあがらないんです!!ちょっと油断すると1日何も食べていなかったりするんですよ!?も~~ぅ、何度口酸っぱくなるほど言っても聞いてくれないんですぅ~~!!」
…どんな悪態が飛び出すかと思えば。彼女の一番の関心ごとはとにかく俺の『食事』なんだな…。ほっとしたのは事実だけれど、気が抜けすぎて妙に表情が崩れてしまう。
「敦賀さん、何笑っているんですか!?私は本気で言っているんですよ!?」
「うん、分かっているよ。…でもね?それも改善しつつあるだろう?」
「どこが改善しているんですか!?社さんに泣きつかれたことがこれまでに一体何回あったと思うんです!?」
「うん。…でも、ほら。俺、この二日間、ちゃんと三食食べているだろう?」
「…ほえ?」
一昨夜は、キョーコの手作りで。そして昨日の朝は…ベッドから起き上がれないキョーコのために俺が作った。昼ごはんも彼女の分を準備するついでにお弁当を持って行った。この日の朝と昼は…お世辞にも「美味しい」とは言えないものだったな…。でも、彼女と同じものを食べていると思えば、残す気にならなかったから不思議だ。
そして、晩はキョーコの作ったご飯を一緒に食べて。…今朝は…。…ギリギリになりながらも、なんとかキョーコが準備をしてくれて、俺としては真っ当な『食事』をした。
「ね?」
「……。……それはそうですが。改善したとは言えないかと……。」
俺がにこりと笑い確認してみせると、キョーコは眉を寄せ、ぶつぶつと呟く。…どうやら納得はしていないようだ……。
「じゃあ三食君が作ってくれるなら毎日米粒1つ残さず食べるよ。」
「!!そっ、そんなの無理ですよ!!そりゃあ、私だってできる限りお作りしたいとは思っていますが…。」
「じゃあ食べない。」
ふいっ、とそっぽを向いて言うと、キョーコは「なっ!?」と驚きの声をあげる。
「俺はキョーコの作ったものしか食べない。」
「!!も~~う!!どうしてそんなに突然子どもっぽくなるんですかぁ!?」
再度繰り返すと、キョーコは「そこもあなたの嫌いなところですぅ~~!!」と叫んだ。…だってね?君に心配されたり構ってもらうの、俺、大好きなんだ。
「じゃあ100歩譲って…キョーコが一緒に食べてくれるなら、外食だろうがロケ弁だろうが何でも食べるよ。」
「全然100歩も譲ってないじゃないですか!!むしろ1歩も譲っていません!!」
キョーコだって仕事をしているし、彼女はまだ学生だから学校だって行かなければならない。
俺は日本各地どころか海外にも仕事で行くような人間だから、この二日間、一緒にいられる時間があったのは奇跡に近く、食事どころか彼女に会えること自体、ままならないことぐらい理解している。
だから、どう考えても俺の言っていることを実行できるわけがないのだ。…彼女が俺のマネージャーにでもならない意外。
「本当は俺の傍にずっといて欲しいんだけれど…俺もタレント『京子』のファンだしねぇ…。」
「!?なっ、なんですか!?いきなりほ…褒めてきたりして…。」
途端にバラ色に染まる彼女の頬。…『褒めた』に入らない言葉だったと思うんだけれどな。それにしても、相変わらず自身への賛辞に慣れないお嬢さんだ。
「…君って本当に可愛いよね……。」
思わずにやけて本音を零してしまっても仕方がないだろう。なのに、彼女は顔を真っ赤にしながら眉を吊り上げる。
「だから!!社交辞令は結構ですってば!!も~~ぅ、そこも敦賀さんの嫌なところです!!」
「本当のことを言って何が悪いの?本当に君はかわ…「いやぁ~~~!!もう、黙ってください!!」」
キョーコは、耳に響く大絶叫で俺の声を止める。「はぁはぁ…」と肩で息をしつつ、俺を上目づかいで見つめてくる。
「……。…何ですか?」
「…いや。ほら。…おいで?」
小動物だったら全身毛を逆立てているだろう。潤んだ大きな瞳で睨みつけられても全く怖くはなく…むしろ、構い倒したくなってくる。
だから、両手を広げて彼女に「おいで?」と促した。
「!!そっ、その日本人離れのスキンシップ過多をなんとかできませんか!?」
「え?好きな子に触れたいと思うのは当然だろう?」
「!!だっ、だとしても、ですね!?ご飯食べる時までひっ、膝の上に座らせようとしたり、常に肩を抱いたり、手をつないだりですね…!!」
「それも偏に君が可愛すぎることが原因だ。」
「!!??訳分かりません!!その訳の分からない理屈を通そうとするところもやめてください~~!!敦賀さんのいじめっ子~~~!!」
…俺は真実を言っているんだけれどな。っていうか、俺のこの広げた両腕が非常にむなしいんですけれど。
……。この真ん中にいる障害物。本当に邪魔だな……。
「ふむ…。今ので6つ…かな?」
「ふ、ふぇ?あ、そういえば……。一個多かったですね…。」
俺がちらりと未だ悠然と俺達の間に座る男を見ると、彼は冷静な声で告げる。その声に、キョーコが我に返ったかのように指折り俺へのダメだしを数えた。確かに6つあるが、全然俺へのダメージがない。つまりは俺が愛しすぎている、という一言に尽きる内容なのだろうが、反省するつもりもないし、治す気なんてさらさらない。
「さて。そうしたら、次は敦賀君の番だね。さぁ、私の完璧な娘であるキョーコに文句があるなら言ってみろ!!」
……。…あの、非常に言いにくいんですけれど……。全く、この人は本当に鬱陶しいほどの子煩悩だ。自分からテストをすると言っておいて、どうして脅しのような雰囲気をだすんだか…。
それにしても。キョーコの、嫌なところ、ねぇ…。
何かあるだろうか?と考えてみると結構出てくるものだ。思わず眉間に皺を寄せながら、俺は口を開いた。