「「!?」」
驚く二人の前で、黒崎はにかり、と笑ってみせた。
「さすが敦賀君。最上さんを選ぶ男なだけあるな。」
「……。」
『最上さん』という言葉を聞き、彼がどういった男であったのかを蓮はふと思い出した。
…そう、彼は愛しい少女のデビューとなったCMを手掛けた人物だったのだ。
「…随分と、最上さんを知っているような口ぶりですね?」
「いや、よくは知らないが。でも、あの子の『才能』にはものすごく興味があってね。そういう意味では、君のことも気になってきている。」
ビリビリと、いまだに絵コンテを破き続ける黒崎は、実に楽しそうに蓮を見た。
「別に興味本位で見たわけじゃないが。事故の映像、見たよ。…最上さんのことを心配していた気持ちもあるが、それよりも俺は仕事人として、あの時の君に戦慄した。なんて闇を抱えていやがるんだろうって、な。」
「…………。」
「申し訳ないが、俺は『敦賀蓮』には全く興味がない。今日の君を見たら余計に興味が失せた。」
黒崎が求めているものの正体。それを正確に読み取った蓮は、『敦賀蓮』らしくない笑みを浮かべてみせた。それは、どこか空虚で、自嘲じみた笑顔だった。
「…『闇』を抱えた人間なんて、一般受けしないでしょう?」
「あぁ、一般的にはな。だが、芸術家の手にかかればそれも生まれ変われる。…俺はCMを一つの芸術だと考えている。そして、俺は自分を過小評価はしねぇ主義だ。」
「…………。」
ぞくり、と。何かが背筋をかけあがる感覚がある。…その悪寒のようなものは、己の『闇』に対する恐怖だったのか、目の前の己の『闇』を見透かす男の視線に対するものだったのか…。
「俺は、君のその『闇』の中の『孤独』こそが今回のCMに相応しいと思う。『独』っていうのは、その名の通り『ひとり』の状態だ。他はない。ただ一つ。それだけを現す。」
「…それは、カインドードリンコさんも納得されているんですか?」
「いいや。さっき決めたから俺の独断だ。だが、文句は言わせねぇ。君のところの社長には許可は取ってあるしな。」
「……え?」
CMの仕事と社長の許可の関係が分からず、蓮は眉をしかめる。そんな彼に、黒崎は首をすくめてみせた。
「カインド―ドリンコってぇのは、どっちかっつ~~とCMに金かけねぇ主義なんだよ。ほら、『キュララ』にしても、その前のCMにしても、デビューもしてねぇペーペー新人を使っていただろう?高いのはせいぜい俺へのギャラくらいなもんだ。」
「……はぁ……。」
「そんな会社が、君みたいな男にオファーだすと思うか?」
「…………。」
そう問われても、答えようがない。だが、この世界は『人気商売』。新人と名前が売れている者との差は蓮もよくよく理解をしている。
「つまり、今回のCMには背後にうちの社長が関わっている、と?」
「あぁ。」
「どう関わっているか伺っても?」
「それは、今話すことじゃねぇ。ま、何にしても、このCMはカインド―ドリンコの商品についての作品ではあるが、全権は俺に委ねられていて、誰にも文句を言わせねぇ状況だということさえ納得してくれたらいい。」
にやりと笑う黒崎。曲者らしいその笑顔は、どこかローリィを思い起こさせる…。
「さて。ここで答えて欲しいのは一つ。君に、プロとしての矜持があるかどうかだ。…できねぇって言うんなら別に構わねぇ。『敦賀蓮』の名前だけで話題性のある作品なんざいくらでも作れる。単にCMディレクターの一人が君のことを幻滅するくらいだから、君にとっても大した傷にはならないだろう?」
「…………。」
黒崎は、決して強要しているわけではない。脅しはしても、選択の余地を与えている。彼は分かっているのだ。蓮にとって『その選択』が易しいものではないことを。だが、理解した上で、『敦賀蓮』に選択を迫っている。