「それにしても。射的、お上手なんですね。」
「うん。あれだけは父親にも勝てたからね。」
「お父さん、ですか……。」
「うん。…?何?どうかした?」
「いえ…。敦賀さんから『お父さん』のお話がでてきたのは初めてだったので…。敦賀さんのお父様ですから、きっと素敵な方なんでしょうね。」
にこりと笑う彼女。彼女も『父』と慕うその人物の笑顔を思い浮かべ、俺は思わず眉をしかめた。…最上さん、俺はね、『父』にさえ君を渡したくないんだ…。
「普通のおじさんだよ。」
「ふふっ、敦賀さんの『普通』はあんまり基準になりません。」
彼女は俺の手と繋がれていない左手でぎゅっと『コーン』を抱きしめながら楽しそうに笑う。
「昔、射的でお父様と勝負したんですか?」
「うん。…どうしても欲しいものがあったから。」
「?そうですか。勝負に勝たないと買ってくれなかったんですか?」
「そう。『俺に一勝もできない男の言うことを聞くと思うのか?』って。…子ども相手に大人げないんだよ。」
当時を思い出して、少し腹立たしい気持ちになった。多分、表情も不貞腐れた顔になっていたのだろう。俺の表情を大きく目を見張りながら見ていた最上さんは、「ぶふっ!」と吹きだした。
「…どうして笑うのかな…?」
「ふふふっ、敦賀さんでも、何かを欲しいと思うことがあったり、拗ねたりなさることがあるんですね。」
「当然だろ?俺にだって欲しいものの一つや二つくらいあるよ。」
「そうなんですか?」
欲しいものは、君の笑顔。君の心。君の…すべて。
「それはもう。俺は欲深い男だからね。…君は?」
「ふふっ、今一番欲しい物は、もらいましたから。」
そう言って差し出された人形は、邪心のない笑顔を俺に向けている。…10年前の、まだ可愛げのあった俺に、『彼』は本当によく似ている。…あんまり純粋な笑顔をこっちに向けないでほしいな…。
「…あ。」
「ん?どうかした?」
「…あのっ!!ちょっとだけ、待っていてくれますか?」
「え?」
「すぐ!!すぐ戻りますから…!!」
そんな『コーン』と俺のにらめっこが続く中。彼女は、夜店の中に何かを見つけると突然俺の手を離し、カラコロと軽快な音を立てて人ごみの中へと消えていく。
「…………。」
俺は、少女が消えた先と己の左手を交互に見つめる。
…少し、離れただけなのに。なぜだろう、もう身体を蝕む『飢え』を感じる。
白い布地に、青紫で菖蒲と荻模様が大きく描かれた浴衣を、隙なく着こなす少女。いつもよりも大人びたその姿は、本当に美しくて…。
…他の誰にも見せたくない。この腕の中に閉じ込めてしまいたい…。
溢れる『欲』は留まる事を知らない。…こうして離れた結果、余計に募る欲望は、爆発寸前だ。
俺は首を横に振ると、深く息を吐き出した。そんな俺の視界に、ふと目に留まるものがある。
「……あ……。」
それは、10年前。俺がどうしても欲しいとねだり、勝負に勝って手に入れたものだった。