俺は真剣に考えたんだ。その上で出た結論は…。…まぁ、確かに、ちょっとどうかと思うものだったわけだけれど…。
「あ……。」
仕事の合間にできた空き時間に一度、事務所に戻った。社さんの情報によると、この時間には最上さんが椹さんと打ち合わせをしているということだったから、会えるかもしれないと少しの期待をしていたんだ。
そんな俺の視線の先…LMEの食堂兼喫茶スペースの一角で、彼女は何かの雑誌を真剣な表情で見ていた。
集中し始めると周囲の様子が分からない彼女は、周りからチラチラと見られていることに気づいていない。…本当に、一生懸命に本にかぶりついている姿も可愛くて、俺は思わず笑ってしまう。
「やぁ、最上さん。」
「!!敦賀さん、こんにちは!!」
ずっと見ていたいけれど、俺に許された時間は少ない。姿が見られたのならやっぱり声を聞きたいし、俺の姿をその目に映してほしいから、さっそく声をかけた。
「一生懸命に見ていたね。何か欲しいものでもあるの?」
彼女に断りをいれてから、彼女の向かいの席に腰かける。…うん、今日もかわいいな。
「あのっ、えっ……と…。」
「ん?」
最上さんは若干頬を染めて、ちらりと雑誌を見た。その視線を追って、俺も雑誌を見る。
…それは、壮年の男性のファッション雑誌で…
「…こんなもの見て、どうするの?」
最上さんに相応しくないその雑誌を手に取って質問すると、「あの~…」とか、「え~と…」とか、しばらく焦らした後、上目づかいで俺を見つめてくる。
大きな瞳が、甘えるように俺を見るその姿は、本当に可愛くて。…全く、相変わらず無防備なお嬢さんだ。
「あの…。」
「ん?」
その可愛らしい姿を視界からなくすためだけに雑誌を開いてペラペラめくってみる。そんな俺に、最上さんは控えめに声をかけてきた。
「敦賀さんに、ご相談があるんですが…」
「何?何でも言って?」
彼女が俺に対してする『相談』はいつも演技が関わっているものだ。演技に関しては、こちらの都合も関係なく猪突猛進に懐に飛び込んでくるところのある彼女が、これほど言いにくそうにしているということは、きっと演技ではないことなのだろう。
彼女からの相談なんて、なかなかない機会なので、にやけそうになるのを必死に堪えて彼女の話を促す。
「実は、父の日のプレゼントで、悩んでいるんです。」
「父の日?」
その発言に、俺は驚いた。彼女は母子家庭で父親はいないはず。そうはっきりと聞いたわけではないが、あの夏の日に、父親の存在を匂わす会話は一つもなかった。
「はい。…あの、その…。あ、アメリカに、いる……」
「あぁ。クーのこと?」
「は…はい……。」
どんどんと身体を小さくし、小声になっていく最上さん。全身真っ赤にして、恥ずかしそうに俯く姿は本当に可愛い。
「クスクス…。そう。娘からのプレゼントなんて、素敵だね。喜ぶよ。」
「そ、そうでしょうか…?」
「もちろん。彼の自慢の子どもなんだろう?最上さんは。」
笑顔で肯くと、最上さんは幸せそうにほにゃりと笑ってみせた。…うん、今日もキューティーハニースマイルのパンチはすごいな…。俺の理性がグラグラ揺れている…。
「えへへ…。…実は、昨日はモー子さんと『だるまや』の大将にプレゼントするものを買いに行ってきたんです。大将には、甚平をプレゼントすることにしたんです。…私、この一年で『お父さん』が二人もできたんですよ。」
グラグラ揺れていた理性は、この最上さんの発言によってピタリと止まった。
…『だるまや』の大将…最上さんの下宿先のご主人。マリアちゃんと彼女の誕生日の日に出会った頑固そうな男性。
彼女を見つめる優しい目に、俺は心から安心をして…。
…俺を見る、値踏みをするような視線、というか、警戒心も露わな表情に、なんというか…。その…。
うん、確かにあの人は立派な最上さんのお父さんだ。