「どんなお店なんでしょう、本当に楽しみです。」と弾む声で話すキョーコと、「楽しみにしていて。」と蕩けるような甘い笑顔を浮かべる蓮の間を壊すかのような野太いスヌーズ音が響く。
「あ、私の携帯!!」
「ちょっと失礼しますね」と、鞄をゴソゴソと探り、携帯電話を取り出すキョーコ。表示された名前を確認して、蓮に断り、電話にでる。
「こんばんは、お疲れ様です。…はい、大丈夫ですよ。…え、明日、ですか?……えぇ、午前中は学校に行く予定だったので、変更できますが。……わかりました、では明日、9時にそちらに伺います。……はい。では、失礼いたします。」
困惑の表情を浮かべながら応答をし、電話を切るのを確認して、蓮は誰からの電話だったのかと首をかしげて目で問いかける。
「社長さんです。私にお話しがあるっておっしゃっていました。」
「ラブミー部のこと?」
「さぁ。とにかく、時間を作ってほしいということだったので…。でも、もしかしたら何かの依頼かもしれませんね。」
「……君もとことん、社長に遊ばれる運命だよね。」
「……その憐れみの表情、本気で悲しくなってくるんで、やめてください。」
あからさまな憐憫の表情を浮かべる蓮に、キョーコは口端を引くつかせて非難の言葉を述べた。
「でも、あんまり無理難題を押し付けられたら、断るって選択肢も持っていいと思うよ?社長の言葉だからって絶対じゃないし。拒否権はあるんだから。」
「…はい。でも、私、社長さんがラブミー部に依頼することって、突拍子もないものばかりですけれど、意味がないものではないと思うんです。」
何を思い出したのか、ふわりと幸せそうにキョーコは笑った。
「ん?そうなの?」
「はい!!だって、マリアちゃんっていう可愛いお友達もできましたし、Mr.ヒズリという、おっ…お、とう、さん、も、できましたし。それに……『カイン』っていう、お兄ちゃんもできました。」
トクン…と、心臓が大きな音をたてた。
全部、大事なことでした。と、頬を染め、応える彼女から視線を外し、大きく息を吐くことで蓮は溢れ出そうな想いを逃がした。
……あぁ、今だって幸せだと、思っているのに。その気持ちには嘘なんかないのに……
彼女が欲しい。両手を伸ばして『自分』を作るための欠片を一生懸命に集めるこの愛おしい存在が、欲しいと本気で願う。……でも、今はまだ……
蓮は想いを紡ぐ言葉達を封印する。愛しい少女を腕の中に収めてしまいたいという欲望に、見て見ぬふりをして。
この幸せな時間を今の関係のまま、続けていくために。今夜も彼は彼女に向けられた激しい想いに蓋をした。