ものごころついた時から、俺はなにかと母の手伝いをするのが好きだった。後になって考えてみれば、うちには父親というものが居なかったからその代わりに母を助けて喜ばせてあげたいという気持ちだったのだろうが、当時はただ母にありがとうと言われるのが嬉しかった覚えがある。


 もう少し大きくなって出来る家事が増えてからは、食事も洗濯も掃除もするようになった。台所に立つのは好きだった。主に参考にするのは図書館にあるレシピ本で、中学生になる頃には毎日の弁当を作れるくらいになっていた気がする。飯を作って、菓子を作って、掃除も洗濯も、母が仕事以外のことに疲れることがないように一生懸命、それは今の俺から見たら滑稽なほど、俺は全く主婦だった。


 その生活が終わったのは高校二年生の時。母は結婚した。相手は俺の実父。本妻が死んで一年経って、母と俺を迎え入れたのだ。向こうには、社会人と大学生の二人の姉が居た。


 今までごめんね。収(しゅう)は、もう家のことなんてしなくていいのよ。


 そう言われても、俺はもうそれ以外のことに喜びなんて見出せなくなっていた。





「……っと。……今日の焼き加減。オッケ」


 だし巻き卵。かじきの漬け焼き。夕食の残りの筑前煮。


「それと、ピーマンのかつぶし和えでも作るかな……」


 朝六時。冬の朝は暗い。カーテンを開けても冷気しか入らないので閉めっぱなし。テレビはうるさいから点けない。時計代わりにラジオを聞くのは十代の時からの習慣。


 朝食は弁当を作る合間にトーストを齧って、全部終わったらテーブルについてコーヒーを飲んで、それから出勤。玄関まで行って、鏡を見てはっと気付く。


「……やべ」


 料理中前髪が鬱陶しいのでつけている百均のカチューシャを外して、ついた癖を適当に直す。茶髪の根元が黒くなってきてるのを見て、そろそろまた染めるかと考えながら俺は家を出た。





2に続きます




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バレンタイン編として前編を、ホワイトデー編として後編を、それぞれ今月、来月にアップいたします。お付き合い頂ければ幸いですぺこり