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「プロポーズってなんだい?」
と紅梅は傍らの浅尾に耳打ちする。
「えー……求婚のことです」
「今の男はそんなもの他人に聞くのかい?野暮だねぇ。……じゃあ、用があったらまた呼んどくれ」
そう言って紅梅が立ち上がり木々の間に消えると海棠に視線が集まる。
「言ってもいいけど、って言ったよね」
入生田が言うと
「ああ、言ったよ」
と海棠が杯を空ける。
「言ってもいいけど、別にお前らが期待するような大したことは言ってねえからな。――――正月に実家に行った時に、あいつも連れてったんだよ。面識無いわけじゃねえしと思って。そしたら弟の嫁さんが、子供は男二人だしお袋はもう亡くなって普段男ばっかりの中に一人で居るもんだから喜んで、お袋の形見の着物着付けてくれたり良くしてくれたんだよ。で、帰りの車の中で、家族みたいに良くしてもらって嬉しかった、ってあいつが言うから、じゃあ本当の家族になればいいじゃねぇか、って――――何だよ。その微妙な反応は。別に思いつきで言ったわけじゃねぇぞ。それまでにも考えてたけど……」
「いや、感心してるんです」
「……そういう風に言うもんなんだって」
浅尾と石田が頷くと入生田が言う。
「言わせてもらえば、それは何でも素直に感謝する眞里絵さんだから成り立つシチュエーションだね」
「……それ誉めてンのかよ」
「誉めてるよ。……おれちょっと煙草吸ってくる」
入生田が立ち上がりその場を離れると浅尾が石田を小突く。
「人の離婚の話した後にプロポーズの言葉なんて聞くから傷ついてるんじゃないですか?」
「……そうかな」
「そんなこともねえだろうけど、俺もちょっと行ってくるわ」
「海棠さん。フォローですか?」
「いや、ずっと座ってるとケツ痛くなるから」
「年寄りだからな」
「大きなお世話だ。ガキ」
「そういえば、お前の方はどうなってンの」
海棠と入生田が居なくなると、石田は浅尾に言う。
「なにが」
「お前美緒ちゃんにプロポーズしたんだろ。通じてなかったけど」
「……嫌なことを思い出させないでください」
「家に挨拶とか行ったの?」
「行きましたよ。お嬢さんをください、までは言ってませんが」
「家族どんな人?」
「ご両親と、君みたいに感じの悪い年子の弟と、お茶の先生やってるお祖母さんと……」
「ちょっと待て。俺みたいな感じ悪いって……」
「茶髪の目付き悪い大学生でしたよ」
「それ姉ちゃん取られて妬いてンじゃねえの?こんなオッサンにって」
「……だろうと私も思いましたけどね」
「で?もう左手の指輪買ったの?」
「まだ買ってませんよ。――――言うには言いましたけど、……何というか、可奈さんはまだ他で社会人やってきた経験がありますけど、美緒はまだ何も知らないじゃないですか。それを言いくるめて自分のものにしていいのかって気もするんですよね」
「……何にも知らないうちに自分のものにしちまおうと思って言ったんじゃねえのかよ」
「そうなんですけど……」
「泳がせてるうちに他の男に目ェつけられて、妊娠でもしちまったらどうする?」
酒を手に黙り込む浅尾に石田は言う。
「不安になるぐらいならはっきりさせちまえよ」
「……君はどうなんです」
「俺は……正直言えば、家帰って誰か居る生活には憧れるけど……海棠さんみてぇに金も甲斐性もありゃいいけど、いつか独立しようと思ったらこの先どうなるかも分からねぇし……」
「この先どうなるかなんてどの仕事でも分かりませんよ。私だって大学なんかこれから少子化で潰し合いだし、そうなったらまた教師でもやるしかありませんが、それはそれで……」
石田は空を仰いで言う。
「……あー、参考になるかと思ってプロポーズの言葉なんて聞くんじゃなかった。酒まだあるか?」
「ありますけど……そういえば石田君、帰りの運転はどうするんです」
続く
次回ラスト…の予定です