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「……大丈夫、ですか?」
不安そうな声は眞里絵の声だ。
「大丈夫と言える状態じゃあねえな」
低い声で答えるのは、海棠だろう。
「もう半分以上はあっち側の気が入ってる状態だな。気を送ったところで焼け石に水だろうが……」
気を送るって何だろう。そういえば誰かが手を握っているけれど。
「あっち側って……」
「死んだ人間の気だ。……魂でも、交わればそいつの気を取り込んじまう。言ってみれば俺がお前にしてるのと逆のことがこいつの中で起こってる。接触した分だけ生気は奪われて死人の気が溜まって、いずれは死ぬ」
「死ぬってそんな簡単に!」
「お前が聞いたから説明しただけだろ」
「あの……」
目を開けると、よしのの手を握っていた海棠は驚いてその手を離し、眞里絵は顔を覗き込む。
「気が付いた?」
訳が分からず見上げていると海棠は立ち上がった。
「説明はお前がしろ。俺は慶慈たちに知らせて来る」
「はい」
そそくさと彼が部屋を出て行くと眞里絵はよしのに微笑みかける。
「ええとね、さっきよしのちゃんが会ったのは、彼の双子の弟さんでここのご住職の慶慈さん。……で倒れる前に、顔見て『海棠さん』って言ったから、多分誠慈さんの知り合いだろうと思って連絡をくれたの」
「……眞里絵さん、怪我は?」
「ああ。大丈夫。病院行ってから来たから」
「え?」
頭に手をやって眞里絵は苦笑する。
「慶慈さんから電話もらった時、あたしも彼の家に居て、……あ、もう私たちのこと知ってるみたいだからいいよね。……それで、どうせ止めたって行くんだろうって言われて。それなら病院に傷の消毒に行ってからにしろって」
にこにこと笑う彼女を見ていると、昨夜の恐怖など全く感じていないように見える。それは海棠が傍に居るという安心感からなのだろうか。
「あ……。ごめんね。笑ってる場合じゃなかったよね」
彼の墓に居たことを聞いたのか、彼女は唇を結んで視線を落とす。
「……慶慈さんが言われるには、彼、露木君のお父さんがこのあたりの人で、ここが菩提寺なんだそうよ」
「……そう、なんですか……」
見回すと、木の匂いのする、旅館のような綺麗な部屋だった。客間か何かだろうか。外からまだ子供達の声が聞こえる。障子越しに明るく差し込む光を見ると、やっぱり彼はもうこの日の下には居ない人なのだとぼんやりと思う。
「そういうわけで、ここは誠慈さんの実家だから、気遣い無く休んでもらって大丈夫だから。夜も、よしのちゃんさえそのつもりなら泊まってもらっていいって。その方が……」
「眞里絵さんは、知ってたんですか?」
「……ん?」
「海棠課長の実家がこういうところだって」
彼女は少し考えて言う。
「来るのは初めてだけど、聞いてはいたよ。どちらかが継がなきゃいけなかったけど、自分は見え過ぎてそんな仕事出来ないから弟さんに継いでもらったんだって」
「……見え過ぎて……」
「うん。……さっきの話も聞こえてたかな。……物心ついた時から、彼はご両親や慶慈さんには見えてないものが見えて、それで、ご両親も……お父様はもちろんお坊さんだけど、見えたりはしない人だったから、同じ体質だったおばあ様のところに預けられていた時期があったんだそうよ。そのおばあ様から、そういう、見えないものとの付き合い方を教えてもらったそうだけど。さっきしていたみたいな、他人と自分の気を遣り取りする方法とかも……」
「眞里絵さんも見えるんですか?」
「あたしは……」
言葉を探すように彼女が視線を落とした時、住職の妻らしい女性が冷たいお茶を持ってきた。眞里絵と挨拶を交わすのを見ていると、和やかな風景に自分だけが別の世界にいて、そこから彼らを見ている気になった。
昼も夕飯も声をかけてはもらったが食べられず、うつらうつらしているうちに日は落ちて、次に目覚めた時には廊下の明かりが障子を透かして薄く部屋の中を照らしていた。天井を見ながらぼうっとしているとふいに
「起きてるか?」
という声と共に軽く障子を叩く音が聞こえ、慌てて、はい、と答えた。
「入るぞ」
顔を覗かせたのは海棠だ。その後ろには綺麗に剃った頭以外はそっくりな住職も居る。眞里絵の姿は見えない。
「具合どうだ。起き上がれるか?」
「……何ですか?」
言われるまま二人についていくと、広い座敷のような部屋に布団が敷いてあった。
「ここ……」
「本堂だ」
「え?」
海棠の声に周りを見れば確かに奥には仏様と祭壇があり、よしのは住職に向き直る。
「いいんですか?こんなところに。バチ当たりませんか?」
「まあ、別に、通夜なんかにそのまま泊まる方もあるし。私らは子供の頃ここで遊んでたくらいですから。昼間うちの悪餓鬼共を叱りましたが、同じようなもんでしたよ」
仕事柄なのか話し方も表情も弟の方が柔和で優しげだ、と思っていたけれど、やっていたことは変わらないようだ。兄弟の隣で言葉を失っていると住職が言った。
「それは冗談として、……事情は聞きました。いくらなんでもここならその方も入れないでしょうから、ここにおいでなさい」
「はあ……」
その時、微かに例の自転車の音が聞こえた。よしのと同時に外に目を向けた海棠に住職が眉を寄せたずねる。
「……来たのか?」
「みたいだな」
7に続きます
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