こちらは連載と別の梅雨企画になります。目次はこちら→(





 食べ終わると男は二人分のコーヒーを淹れ、自分は煙草をふかしている。さっき会った時から何本目だろうか。


「……あの」


「なに?」


 頬杖をついて庭の方を見ていた男がこちらを向く。


「あの流木、何にするんですか?」


 男はしばらく凪沙の顔を見つめて、それから言った。


「そこなんだ。質問」


「……だから、さっきも言った通り聞きたいことだらけですけど、とりあえず気になったから」


「じゃあ、逆に聞くけど、何にすると思う?」


「え?」


 灰皿に灰を落としながら男はまた笑う。


「どう思う?」


「どう思うって……なんか、アートっぽいものでも作るのかなって」


「……じゃあ、なに。おれは何か芸術家みたいな人?」


 凪沙は首を傾げる。少なくとも今はそうは見えない。公務員とか、何か堅い職業っぽい感じだ。


「正解はただの無職の人」


「――――え?……だって、そのスーツ……」


「勤め人はスーツ着てるけど、スーツ着てるから勤め人てわけじゃないでしょ。これはたまたま、前やってた仕事の方でちょっと呼ばれて手伝いに行って来たの。それで、遅くなったからそのまま泊めてもらってきたって話」


 それが『してきた』という話に繋がるのだろうかと思っていると


「一応言っとくと、『してきた』ってのは仕事のことだけど」


と、さらりと男は言う。


「仕事場に泊まりこんで今朝までやって、やっと終わって帰ってきたとこなの。だから、疲れててそういう気は起こらないって話。なんか誤解したみたいだからさっきはそのままにしたけど」


「……すいません。このカップ投げてもいいですか」


 飲み終わったコーヒーカップを取り上げると男は笑った。


「いいけど、出来たら別の物にしてくれない?気に入ってるから」


 言われて改めて見るとウェッジウッドのカップとソーサーだ。そういえばさっきの食事のプレートにしても、男の一人暮らしにしてはいいものを使っている。かといってこれまで見たところ、女性が出入りしている様子もない。ワンルームに住んでる男性が模型やフィギュアを並べて好きな物に囲まれて暮らしてるのに似ている、と凪沙は思った。 




 木の手すりがついた階段はやや急な造りで、上りきると右手にいくつかの部屋があり、湿気が籠るのが嫌なのか全てドアは開け放してある。ひとつはパソコンと本棚が置かれた書斎、ひとつは雨戸が閉め切られて段ボール箱が無造作に積んである部屋。洋服のはみ出ている箱もあるのを見るとクローゼットも兼ねているらしい。掃除は行き届いているようでどこにも綿ぼこりなどは見当たらない。


 「さっきの質問の答えが気になるなら上の部屋を見てくればいい」


と言われて来た一番奥の部屋もやはりドアは開いていて、木の床の上には何の家具も無かった。リビングの上に当たるその場所は、やはり海に面してベランダが大きく取ってあり、土色にうねる海が見える。窓の方に近づくと足に何かがコツンと触れた。小石だった。黒い石に、白黒のさざれ石、赤い石。大きいのから、砂利のような小さいのまで、一見適当にバラ撒いたようで、けれど意図を持って並べてあるのが種類の混ざり具合から分かる。表面が剥がれて白い石のようになった貝殻もある。屈み込んでひとつひとつ手に取っていると煙草の匂いがした。


「この窓、開けてみてもいい?」


「お好きにどうぞ」


 ガラリと全部開けると思った通り、むせかえるような潮と雨の混じった匂いがする。足元に気をつけながら下がってその匂いの中で石たちを眺めていると波打ち際に居る気になる。後ろでふっと男が笑う気配がした。


「……なに?」


「おれと同じことやるとは思わなかったから」


 見ると、部屋の隅にある空き缶を取り上げて灰を落としているところだった。ここ専用の灰皿なのだろう。縁側で庭を眺めている自分と同じように、ここでただ窓の外を眺めて時間を過ごしているのだろうか。しばらくしてまた火をつける音がした。


「ここ、買ったの?借りてるの?」


「買ったの」


「……自分ひとりで住むのに?」


「そうだよ。これから誰かと住む予定もない」


「聞いてないし」


「近所の人には必ず聞かれるから先に言ったの」


 彼は皮肉めいた笑みを浮かべて煙を吐く。


「会社辞めて、ついでにどっか行きたくなって、探してたら気に入ったから。古いし傷んでるところもあるから、多分君が思ってるよりは安いよ」


「安いったって……」


 あたしが買える金額ではない、と凪沙は思う。仕事は探しているところなのか、それとも会社の三上さんのように何か事情があって今はしないでいるところのか。どちらにしても、詮索するのは好きではないし、されたくもないだろうと思った。静寂を埋める波の音が心地良い。床が軋む音がして、少し離れた壁にもたれて男は腰を下ろした。


「それ一本もらっていい?」


言うと、少し間があって、男は自分が吸っていたのを差し出す。


「これでお終いだった。下に行けばあるけど」


 受け取って、咥えてベランダに出ると潮を含んだ生温かい海風と雨が吹きつけて顔を濡らす。ざん、と波が打ち寄せ弾ける音がした。


「『いい天気』だね」


 男は笑って、同じ言葉を返した。







『流木』了




あとがき



全4話、お付き合いくださいました皆さま、ありがとうございましたぺこり



これ以上の説明を入れるとちょっと崩れてしまうので、今回はここで切りました。何気なく描き始めたものの作者自身がこの二人が気になってきたので、夏ごろにでも続編を上げたいと思いますので、またその際はお付き合い頂ければ幸いです