拒食症はコンペティション | 拒食症から過食症へ、摂食障害の娘とのthe奮闘記。

拒食症から過食症へ、摂食障害の娘とのthe奮闘記。

2015年4月に拒食症と診断され、2度入退院を繰り返しその後、過食症に。2016年12月にアメリカロサンゼルスにある摂食障害専門の居住プログラムに自ら行くことを決意。
アメリカと日本の摂食障害に対する治療法や意識の違いについて伝えていけたらと思います。

昨日は感謝祭。


例年通り、旦那の家族との食事会。


娘はボーイフレンドのエリック君の家に行くことにし、私もその方が娘にとっていい選択だと思った。


娘の回復途中の妨げになっている姪っ子のクレアと義弟夫妻。


摂食障害と言う病の知識がない人たちにとって、娘から見るクレアという存在がどんなに苦痛で悪影響だとは誰も知る余地がない。


でも娘とエリック君は、私達を気遣ってかエリック君の家に行く前に私達がいる義弟家に立ち寄ってくれることに。


クレアにとって年上の従兄弟である娘は憧れの存在。


娘達が来ることを知ると、義妹に化粧をしたいと言いだしたり、少しドレスアップしたり。


クレアの細い胸回りと腕を見ていると、ちょうど娘が拒食症の酷い時を思い出し、フラッシュバックしてきてなんとも言えない気持ちになる。


娘とエリック君が到着すると、最初は恥ずかしそうにしていたクレアだけど、一緒にボードゲームしようとエリック君を誘ったり、みんなで楽しく過ごすことが出来たかのように見えたけど…



やはり娘にとって痩せたクレアを見るのは辛く、そして、一緒に自転車に乗った後のクレアの一言に娘は限界を感じた。


カロリー消費したからこれでディナー食べられる。


娘が言うのは拒食症という病はコンペティション。


痩せているクレアが勝ち。

そして娘は負け犬。


そう言う娘に、


娘は負け犬なんかじゃない事。


自分の娘を拒食症と認めない義弟夫婦の方がよっぽどの負け犬。


回復に向けて試行錯誤しながら頑張っているし、そんな娘を誇りに思っている事。


一人じゃない、私達がついてる事。


最近ではエリック君もこの病気について理解し、娘の事を支えてくれている。



その後エリック君の家で感謝祭のディナーを食べて、夜10時半頃エリック君と共に帰宅。




夜中の12時近くまで3人でワイワイおしゃべりして、娘にも笑顔が戻りちょっと安心。


少しずつ少しずつ。


急いだらいけん。


焦ったらいけん。


根気よく根気よく。


まだまだ根性が足らんから娘が良くならんと言われてるようで。


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感謝祭のディナー