自然災害後の価格統制は慢性的な物資不足を生む | 古典的自由主義者のささやき

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経済の問題は、一見複雑で難しそうに見えますが、このブログでは、経済学の予備知識を用いずに、日常の身の回りの体験から出発して経済のからくりを理解することを目指します。

地震や津波や台風などの自然災害によって家屋が多数破壊されると木材、断熱材、セメントなど建築資材の価格が高騰します。建築資材の価格が高騰すると、災害の被災者が家屋を再建したり修復するのに必要な出費は、もちろん大きく嵩むことになります。従って大きな災害のあとでは、決まって災害前よりも高い価格で資材を売る人たちは悪徳商人だという非難と、同時に「不正な価格」での商売を取り締まるよう政府に求める声が上がります。

災害の後で建築資材の価格を上げて販売することは悪徳な行為でしょうか。また、政府が災害前と同じ価格での建築資材販売を強制すれば、本当に被災者の苦しみは和らげられるのでしょうか。今回は、大きな自然災害のあとの政府の価格統制が被災地にもたらす影響を考えてみます。


まず、天災によって多くの家屋が破壊され損傷したあとに建築資材の価格が高騰する理由とその価格の高騰が資材の需要と供給にどんな影響を与えるのかをみてみましょう。

ある地域が自然災害に遭うと、家屋が破壊されるだけでなくその地域に存在する建築資材の在庫も被害を被ります。家屋の破損を被った人たちは、建築資材を購入して再建を始めなければならないのですが、建てられる家屋の数や修理の件数は、その地域で災害前の日常に較べて格段に増えています。つまり、災害前よりも多くの人が、震災前よりも減少してしまった建築資材の在庫を同時に入手しようとする状況が生じます。つまり建築資材を欲する全ての人に彼らが欲する分量が行き渡らない資材不足の状態になります。この状況では、資材の入手をより強く求める人は、他の人よりも高い価格を払ってでも資材を購入しようとします。つまり、資材を求める人々の間での「競り」が起ることによって、大きな天災ののちには建築資材の価格が上昇します。

価格の大幅な上昇は、建築資材の需要と供給に以下に説明する影響を及ぼします。まず、価格の高騰によって、建築資材の需要が多少なりとも抑えられます。災害の被害を受けていない地域で震災前から新築や増築の計画を立てていた人の多くが、資材価格高騰を理由に計画を断念します。また、被災地域であっても資材価格高騰のために家屋の再建や修復を後回しにする人たちが出てきます。もちろん、被災者にとって自宅の再建を延期するのは苦しい決断に違いありません。しかし、建築資材の価格が上がることによって、被災地で再建が最も強く望まれている建物から優先的に資材が配分されるのです。

もっとも、品薄になった建築資材を最高値で競り落とすことが出来るのは、例えば大規模な商店の経営者など再建資金を最初に借り入れられる人でしょう。そうなると、価格の高騰を許すと、金持ちに優先的に建築資材が配分されるので不公平だという意見が出てきそうです。しかし、最も早くに再建資金を得られる商売というのは商店の再建後に素早く顧客が付く商売です。被災地で最も早く顧客が付く商売というのは、災害に対処したり災害から復興するのに最も必要とされる商品やサービスを商っている商売に違いありません。つまり、被災の後、最高値で競り落とされた建築資材は被災者の役に立つように使われるのです。

さらに、被災地の品薄状態が改善されるためには、被災地の外にある在庫が被災地に搬入される必要があります。また、長期にわたる被災地の再建を可能にするためには、建築資材の増産が起らなければなりません。被災地での建築資材の価格の高騰は、被災地への資材の運搬と資材の増産を刺激します。

被災した地域に災害前に出荷されていたよりも多量の資材を早急に被災地に運ぶとなると、トラックなどの輸送手段や燃料がより多く必要となります。ところが被災地では輸送手段や燃料の供給網が被災しています。さらに被災地が求めているのは建築資材だけではありません。医薬品や食料なども被災地に運ばれています。つまり、輸送手段や燃料の供給が減っているにもかかわらず需要は増えているのです。被災地に建築資材を運ぼうとする業者は、輸送手段と燃料を確保するために、他の物資を運ぼうとする人たちに競り勝たねばなりません。

建築資材を増産するためには、災害前には他の製品を作るために使われていた木材などの原材料を建築資材向けに回すことが必要です。ここでも建築資材の加工業者は、他の製品を作っている業者に競売で勝たねばならないので、災害前よりも高値を払って原材料を購入する必要が出てきます。

つまり、急に需要の増えた建築資材を被災地に運ぶためにも、また増産するためにも、費用が今までよりも余分にかかるということです。費用の増加があるということは、被災地への資材の運搬と資材増産は、被災地で資材の価格が上昇することによって初めて採算が合うようになるということです。つまり、被災地で建築資材の価格が上昇しているからこそ、資材を被災地に運び、また資材の増産を始める業者が生まれるのです。

価格が被災地で高騰したときに資材を被災地に運んだり資材を増産する人が増えるのは、価格の高騰で儲ける機会が増えるからです。こういう人たちを被災者を食い物にしているといって非難する人がいるかもしれません。特に、被災していない地域で建築資材を大量に買い占めて、被災地で高値で売ろうとする人に非難が集中しそうです。

しかし、この人たちの行為は決して不正な商売ではありません。いくら高値であっても買い手が同意して取引を行うのは、取引をしないよりもした方が得になるからです。言い換えると、高値で取引が成立した場合には、購入できる資材が「全く存在しない」よりも、高値であっても買える資材がある方を購入者が望んでいるのです。

それに高値ではあっても資材を売ろうとしている人たちの行動は、実は被災地に利益をもたらしています。まず、被災地の外で資材を購入して被災地に運ぶことを考える人は、被災地での値動き、輸送手段と燃料の価格、運搬に必要な日数などを検討して、儲けがあると判断すれば資材の購入と輸送を決断します。それが儲かる商売であれば、より多くの人がその商売をしようと動くでしょう。多くの人が資材を運び込むことによって、被災地の資材供給は増え、価格もやがて下がります。予想したよりも資材価格が下がれば、資材を遠くから搬入した業者が損失を被ることもあり得ます。資材が多く被災地に運ばれ、また価格が下がることは被災者にとって利益をもたらすのですが、被災地で儲けようとする人たちは、被災地に利益をもたらすこの行為を、自分で損失を背負う覚悟の上で自発的に行います。それは価格の高騰が妨げられていないからです。

それに、業者がいくら買い占めても、被災地で需要が低いものを仕入れ値より高く売ることは出来ません。繰り返しますが、被災地で建築資材が高く売れるのは、被災地で資材の需要が高いからです。被災地で資材の需要が高いのは、天災によって多くの家屋が破壊されたからです。買占め業者は天災によって需要が上がることをいち早く察知するだけで、買占め業者が需要を上げているのではありません。その上、買占め業者によって災害のあと資材価格が早く上昇するために、資材の加工業者の増産も早く開始されます。

目先の利く業者は、災害の直後に被災地で需要の増えそうな品物を買い占めて儲けようとするのですが、この買占め行為も、被災していない地域から被災地に資材を回す働きをしています。目先の利く業者は、価格が上がるであろう被災地で売るために、被害を受けなかった地域で資材をいち早く買い集めて価格を上げるので、被災していない人たちが被災地で不足している資材を安い値段で買い占めるのを未然に防ぐのです。逆に、災害で被害にあった人を利用して儲けるのはけしからんと言って、資材を売ったり製造したりすることで利益を得ようとする人たちの活動を禁止すると、被災地での資材不足に拍車がかかるのです。

以上、被災地で建築資材の価格が高騰することで、資材が災害後に最も必要とされている建物の再建に向けられること、さらに被災地の外から資材が被災地に運ばれ、資材の増産も刺激されて資材不足が緩和されることを説明しました。災害によって多くの家屋が破壊され、また建築資材の絶対的な不足が引き起こされるのですが、被災地で資材価格が高騰することと、高騰した価格で儲けようとする人たちによって資材不足が緩和されるのです。


今度は、逆に政府によって資材価格の上昇が禁止されている場合を考えてみましょう。まず、災害のあと価格が上昇しなければ、被災しなかった人たちの建築資材の購買行動に変化が起りません。災害前の新築や増築の計画をそのまま実行するでしょう。つまり、一刻も早い被災地の復興が望まれる時に、被害を受けなかった地域の資材が被災地に回るということがありません。

被災地では、家屋を失った人たちや家屋の損傷を受けた人たちが資材を買い求めようとしますが、価格を上げることが禁止されていると、基本的に資材は早い者勝ちで手に入れるしかありません。しかし急増した需要に対して災害で減少した在庫で足りる訳がありません。多くの人が列になって長時間待った挙句に、必要な資材を全く購入できないという状態が生まれます。資材を手に入れるために長い行列に並んで待つ必要が出てくると、たとえ価格が災害前と同じであっても、資材の購入に要する事実上の費用はもっと嵩みます。なぜなら、待っている間の時間を使って出来る仕事を人々は犠牲にしなければならないからです。

価格を据え置いた場合には、価格の上昇が認められた場合に生ずる競りの原理が働かないので、真っ先に再建が望まれる建物に対しては、何か他の方法を用いて資材を優先的に配分する必要が生じます。再建が必要な建物の数が限られている場合には、役所が優先順位を決めることも可能でしょうが、破壊された家屋数が多数に上ると、役所による優先順位の決定とそれに基づく個々人への資材配分は事実上不可能になります。また、役所が資材配分の決定を始めると、政治汚職が生まれる可能性も出てきます。

長い行列が出来た場合には、列に真っ先に並んだ人が資材を入手出来るのですが、行列の先頭にいた人が再建しようとしている建物が災害からの復興に最も望まれる建物とは限りません。つまり、価格の上昇が許されない状況では、限られた資材の使い道に無駄が生まれるのです。

それに、需要と供給によって決まる市場価格よりも低い価格で政府が配給を行うと、配給を受けるために何らかの理由をでっち上げて資材の横流しをする業者も現われます。つまり、資材の闇市場が生まれます。闇市場では高値を払う人に資材が横流しされるので、価格統制によって再建を最も必要とする建物に資材が回らないという問題を多少緩和することになるのですが、秘密に取引が行われる闇市場の性質上、資材は必ずしも最も優先されるべき再建事業に回るとは限りません。さらに、取引の上で生じた紛争の解決を法に頼めない闇市場は犯罪の温床になります。

上で述べたように、災害のあと、より多くの資材を被災地に運搬し、また資材を増産するためにはより多くの費用がかかります。災害後被災地で資材価格の上昇が許されないということは、被災地に資材を運んだり資材を増産するという行為が確実に損失をもたらすということです。そうなると、被災地の資材不足が何時までも解消されなくなります。もちろん、被災者を助けるために自腹を切って資材を届ける立派な人もいるでしょうが、多数の家屋が破壊されて復興が長期化する場合には、必要な資材を全て善意によって調達するのは難しいでしょう。それに、善意で資材を届ける人にしても、再建事業に優先順位をつけて資材を配布する必要があります。

政府が建築資材価格を据え置くと資材を生産する活動がむしろ抑制されます。価格の上昇が抑えられた建築資材の加工業者は、原材料の購入に際して同じ原材料を使って他の製品を作っている業者と競り勝つということが出来ません。なぜなら、災害前よりも高い価格を払って原材料を仕入れても、加工品である資材価格が抑えられている以上、仕入れ値の元を取ることが難しいからです。建築資材に原材料が回らない結果、災害のあと、特にそのとき必要とされているわけではない製品が災害前と同じように生産され続けます。つまり、政府が資材価格を据え置くと、被災地で緊急に必要とされている資材の生産が抑えられ、逆に必要とされていない製品が今まで通り生産されるのです。

要するに、政府によって資材が災害前の価格に据え置かれていると、絶対的な品不足が生じ、それが長期的に解消されません。建築資材不足を解消するためには、原料を採取し、それを加工し、さらに加工品を被災地まで届けるという生産活動が災害前よりも活発になる必要があります。価格の据え置きを命ずる政令を発布しても、政府は生産活動を促進することは出来ません。今まで説明したように、政府による価格上昇の統制は生産活動を促進するどころか抑制するのです。


ここまで説明すると、災害で家を失った被災者に今までより高い金を出して建築資材を買えと言うのか、何とかして被災者を助ける方法はないのかという意見がありそうです。確かに、建築資材が高騰すれば被害が家屋の損失にとどまらない被災者の生活再建の苦労が増大することになります。ではどうすればよいのでしょうか。被災者を助けたいと思う人が義捐金を寄付して、それが被害者に現金として届けられるのが一番良い方法です。上に書いたような資材を買って被災者に届ける方法もありますが、どの資材が誰にどれだけ必要とされているかを把握し、さらに必要とする人に資材を届けるのは困難です。それならば、たとえ充分な額にならなくとも、現金の方が被災者一人一人が自分が一番必要とするものを購入することができます。


以上説明したように、被災者を救済する目的で実施される政府の価格統制は、物資不足を長引かせるだけでなく、限られた資材の有効な活用を妨げ復興を遅らせるのです。大きな自然災害のあとの一時的な資材不足は避けられません。資材価格の高騰は需要を減らし供給を増やすことで資材不足を和らげます。市場が資材不足を解消する機構を政府は妨げてはなりません。



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