続き(最終) | 減農薬のりんご栽培

減農薬のりんご栽培

(木村秋則氏の自然栽培に近づくために)

[原子力ルネッサンス]

 GEとWHの長年の戦いに終止符が打たれつつあった90年代後半になると、アメリカでは政府による電力会社への規制が緩和され、独立発電事事業者(IPP、Independent Power Producer)の新規参入、競争原理の導入等の電力業界の改革が始まった。この流れの中で、建設から20年以上経過した古い軽水炉を所有する電力会社が、資産処分のため軽水炉を売却するようになり、エクセロン、エンタジー等の会社がこれらの軽水炉を安値で買うことで、軽水炉の集約が進んだ。驚くべきことに、これらの旧式の軽水炉を新たに買い増しした電力会社は、21世紀に入ると大きな収益を上げるようになった。

 アメリカの軽水炉はTWI事故以前に建設された古い炉型のため、原価償却がすでに終わっており、新たに買った会社には収益への負担が無い。また新規プラント建設を断念したアメリカの原子力業界は、運転中の軽水炉の維持管理の高度化に技術を集約するようになった。

 具体的には 1)軽水炉の寿命を当初想定された40年から60年に延長する 2)定期点検周期を1年から2年に延ばして、点検日数を短縮して設備の稼働率を上げる 3)維持基準(老朽化した部品の使用可否の判断)の精度を向上して、点検時の部品交換数を減らしてコストを下げる、などの方針を打ち出している。

 要するにアメリカは、初期建設費の償却が終わった軽水炉を出来るだけ長く動かし、同時にメンテナンスの費用を減らすことで、経済性を高めることに全力を上げたのである。

 この結果として軽水炉は、建設費の回収が終わった後にトラブル無く安定に稼動する場合は、発電システムとして高い収益を上げることが証明されたのである。この軽水炉の経済性が証明された事実は非常に重い。

 このアメリカの状況を見て、ヨーロッパでも「なんだ、軽水炉はすごく儲かるではないか」と気づいたことで、原子力に対する肯定的な見直し論が世界中に広まった。これが「原子力ルネッサンス」と呼ばれる流れである。

 これに対して原子力反対派からは「使用済み燃料の再処理や、保管のコストが抜けているではないか。原発の運転費用がそんなに安いはずが無い」との非難が当然ある。しかし「そんなものはどこかの砂漠かシベリアの地下にでも、まとめて埋めておけばいいだろう」というのが、おそらくグローバリストの本音である。

 ここで注意すべき点は、プラントの建設費用の負担が無くなって、初めて軽水炉の収益が上がるということである。すなわち新規に軽水炉を作る際には、出来るだけ安く作って償却を早く終わらせないと、費用対効果が発揮されない。近年米国、中国などで原発の新設に関する要望が高まり、日本のプラントメーカーの商機到来との報道が相次いでいる。

 しかし交渉の際にプラントメーカーは、国内原発の建設費よりも相当なコストダウンを要求されているらしい。

 07年にIHIは、海外プラント事業でのコスト評価の失敗から数百億円の赤字を計上し、東京証券取引所がIHIを特設注意市場銘柄に指定する事態となった。

 海外での大型プラント建設には、かなりギャンブル的な要素が伴うと言われており、あまりの安値受注はメーカーに大赤字を招く危険もある。

 もしくは建設コストの削減しすぎで、安全評価が疎かとなりトラブルに繋がる可能性もある。いずれにしても原発を海外輸出するメーカーには、危うい綱渡り的判断が必要なのは間違いない。

[東芝によるWH買収の背景]

 05年7月にBNFLは傘下のWHの原子力開発部門を売却する方針を発表した。これを受けてWHの買収先についての予測が活発に報道されるようになった。WHは原発の製造からは完全に手を引いたものの、新型の軽水炉の開発は継続して進めており、AP-1000と呼ばれる、建設コストを低減し、かつ安全性を高めた次世代PWRの設計を完成させていた。

WHのこれまでの実績から、将来世界中で軽水炉が新設される際には、AP-1000がかなりの比率を占めると予測されるため、WHを買収した会社は新規プラントの受注に極めて有利な立場に立てる。

 当初はWHと深い繋がりを持ち、AP-1000の共同開発を手がけた三菱重工の買収が有力と見られていた。この他にGEとフランスのフラマトム社(現アレヴァ社、01年にシーメンスの原子力部門も統合)、そして東芝がWHの入札に手を上げて、行方が注目された。

 そして同年12月に日本の東芝が、6000億円を越える当初予想の3倍の高額でWHを落札したという、驚くべき結果が報道された。

 従来GEと共同でBWRの製造と開発を担当してきた東芝が、PWRの総本山ともいえるWHを買収した事実は、業界に大きな波紋を起こした。WH買収に失敗した三菱重工は対抗上、同じPWRの製造メーカーのアレヴァと共同開発の契約を結び、同時期にGEは日立とBWR開発に関する合弁会社の設立を発表していた。

 これ以降「東芝の選択と集中の勝利」とか、「東芝はGEと決別する」とか、「東芝―WH、日立―GE、三菱―アレヴァの3大グループによる競争の時代に突入」といった報道が相次ぐことになる。

しかし技術者として業界の裏側を見てきた私には、今回の買収騒ぎがヤラセであることが、あまりにもミエミエであり、気分的にゲンナリしてしまった。

 実は東芝がWHを買収した本当の理由は、原子力分野だけを見ていては十分に理解できない。もうひとつの火力発電分野の開発動向も考慮すると、今回の買収劇の真実が見えてくる。

 現在、火力発電における最も効率の高いシステムは、ガスタービンと蒸気タービンを組合せたコンバインドサイクル(CC)である。従来の火力プラントは石炭焚きボイラー等で蒸気タービンを駆動するが、CCシステムではボイラーに代わってガスタービンを設置して、ガスタービンの高温の廃熱により蒸気を作るのが特徴である。発電用ガスタービンは航空用ジェットエンジンと同じ構造の機械であり、ジェットエンジンの主軸に発電機をつないで電気を起こす。CCサイクルでは、ガスと蒸気の2つのタービンを組合せた発電が可能となり、発電効率が向上する。さらにガスタービンの燃焼温度を高温化することで、CCサイクルの発電効率は向上し、ガスタービンの駆動温度が従来の1300℃から1500℃に達すると、CCサイクルの発電効率は50%を越える値となる。ちなみに軽水炉の発電効率は現状35%以下である。

 このため80年代後半から90年代にかけて、CCサイクル発電用の高温ガスタービンの開発が、世界中で進められた。1500℃級ガスタービン開発は、90年代の火力発電分野の最重点開発項目であり、その中心にいたのはやはりGEであった。

 日本でも当初は、三菱重工、日立、東芝の3社でガスタービンの高温化を競っていたが、日立と東芝は早々にGEから圧力がかかり、90年代半ばにガスタービンの開発を断念することとなった。この2社は火力発電分野でもGEから技術供与を受けており、GEの設計したガスタービンをライセンスで組上げて、電力会社に多数納入している。

 GEは日立と東芝に、1500℃級ガスタービンの独自開発を継続するならば、契約を解除して技術を引き上げると、半ば脅しをかけて来たのである。この2社の製造設備は長年GE型タービンを組立てるために調整されており、数千人規模の人員がタービンの製造に関与している。この状態でGEから教わった技術から離れると、これらのタービン製造設備と人員が一時的に宙に浮くこととなり、最悪火力発電事業が破綻してしまう可能性もある。両社は泣く泣くガスタービンの開発から手を引くこととなった。

 一方GEの影響下に無い三菱重工は、GEと競い合うようにガスタービンの開発を継続し、99年に東北電力新潟発電所に1500℃級ガスタービンを納入して、発電効率50%を越えるCCシステムを完成させた。GEが1500℃級タービンによるCCシステムを完成させたのは、2002年イギリスのバグラン・ベイ発電所であり、三菱はGEに先駆けて最新の火力発電システムを実用化したことになる。実は三菱にガスタービンの設計と開発を教えたのはWHであり、三菱の快挙はWHの技術の高さに負うところが大きい。WHのガスタービンはGE製に比べて性能は若干劣るものの、GEタービンよりも安定に動くように設計されている。

 三菱はWHの教えを忠実に守り、GEのようにいたずらに高スペックのタービンを追求せず、より現実的な性能に目標設定することで、GEに先行して実用化を達成したのである。軽水炉におけるWHとGEの開発競争のケースとよく似ている。

 その後GEは、日本のメーカーに更なる揺さぶりをかけて来た。最も割を食わされたのは三井直系(即ちGE直系)の東芝であり、GEが開発した新型ガスタービンと東芝製の蒸気タービンを組合せた高性能CCシステムを共同開発して、世界中に販売する契約を結ばされてしまう。

 東芝製の蒸気タービンといっても、基本設計はGEによることに変わりはなく、実質的にはこの契約はGEによる東芝の火力発電事業の吸収であった。この契約では東芝-GE間で合弁会社を設立しているが、その際東芝は独自に積み重ねてきたガスタービンに関する技術を、全てGEに渡してしまったという。

 かつて東芝は、セラミック材料をガスタービン翼に適用する技術を、10年以上地道に積み重ねていたのだが、近年は東芝からのセラミックタービンに関する学会報告は、1件もなくなっている。GEが契約の際に「お前のところはもうガスタービンを作らないのだから、セラミックの技術はいらないだろう」とデータを持ち去ってしまったらしい。

 第2次大戦終了後のアメリカによる、731部隊の人体実験データの持ち去りを思わせる話である。時代は全く変わっていない。

 さてGEが開発した1500℃級新型ガスタービンを用いたCC発電は、H型システムと呼ばれている。H型システムは三菱のCCシステムを越える60%の発電効率が見込めるため、世界中から引き合いが殺到するかと思いきや、実はほとんど注文がなかったらしい。

 理由はGEの1500℃級ガスタービンは高性能を追求しすぎたため、タービン翼等の部材の高熱や振動による劣化が激しく、メンテナンスに多大な費用がかさむことが、明らかになって来たのである。

 ガスタービンの定期点検時に、GEが提供する交換用タービン翼は1個数百万円もする。このため点検時にタービン翼1段全部(約100枚)を交換した場合、それだけで数億円の費用がかかることになる。他にもシール板とか、ピン等の多数の高温部材を1、2年おきに交換、補修しないと、GEのガスタービンは動かないのである。

 このためGE製のタービン部材には、サードパーティーの会社が作った海賊版の部品が存在しており、GE製ガスタービンを購入した会社には、安値の海賊版部品の売込みがすぐに舞い込む状況だという。エプソン、キャノンのインクジェットプリンターの、交換用インクカートリッジが高価なため、純正品でない安い交換カートリッジが出回っているのと同じである。

 ここに至って東芝は厳しい立場に立たされた。GEに従って仕方なくガスタービンの開発を断念し、H型システム販売のための契約を結び、合弁会社まで作った。にもかかわらず、H型システムは予想に反してほとんど受注が取れない。このままでは東芝の火力発電事業はジリ貧となってしまうのではないか・・・・?

 従ってWHの入札において、東芝が一念発起の賭けに出たとしても、やむを得ない事情があったのである。一方GEの側にも問題があり、WHのPWR技術は喉から手が出るほど欲しいのだが、GEがWHを買収すると独占禁止法に触れる可能性が極めて高かった。今回の騒ぎの少し前に、GEは精密機械メーカーのハネウェル社の買収を画策し、成功寸前までこぎ付けたものの、土壇場になって欧州委員会から独占禁止法に該当するとのクレームを受けて、買収を断念する経緯があった。

 ハネウェルはアビオニクス(航空機用電子機器)の世界最大企業であり、ジェットエンジン大手であるGEとの合併は、他企業の存続を危うくするとの危惧をヨーロッパが持ったためという。このためGEによるWHの買収も同じ結末を辿るだろうという報道も事前になされていた。

 GEは次の作戦として「WHの買収が不可能ならば元だけは取る」ということで、実質傘下にある東芝を使ってWHを自社グループ内に取り込むことを画策したのである。AP-1000の炉心部本体が作れずとも、タービンや数多くの補機設置など、原発建設にからむ儲けは大きい。また東芝を通じてWHのPWR技術のコア部分を裏からこっそり入手することも可能である。表に出て矢面に立たずとも、実利が取れればよいのである。「親会社」のGEの意向を受けて、火力部門で窮地に立った東芝が賭けに出たのがWH買収劇の真相である。そして作戦は見事に成功した。あまりにも見事なヤラセであるが。

〔おわりに〕

 ここでは軽水炉型原発の開発の経緯と現状に絞ってまとめてみた。

 結局のところ日本の製造メーカーの持つ原発技術は、全てアメリカからもたらされたものである。80年代以降はアメリカで当面必要がなかったため、日本に一時的に技術を移転していただけであり、新たな刈り取り次期が到来して料理法を吟味されている段階と言える。

 日本のメーカーも国内外から批判を受けつつも、長年巨費を投じて製造技術を維持してきた経緯もある。そろそろアメリカ様優先でなく、国益を重視した開発に移行する道も考えるべきであろう。

 例えば政府主導により、三菱と東芝がPWRの技術を持ち寄り、日立、IHIを加えて、メーカー共同で新型PWRの共同開発を行う等の方法である。WHとGEの棲み分けの都合から、PWRとBWRの二兎を追い続けるのは、どう考えても効率的でない。しかし現状の各メーカーの立場では、このような国内共同戦線を張るのが不可能なことは明白である。

 とはいえアメリカ側も安泰な訳ではない。近年のサブプライムローン問題のあおりを受けて、08年3月にGEキャピタルの大幅な収益低下が報道された。さしものGEも屋台骨のGEキャピタルがぐらつき始めると、無事では済まなくなる。GEは環境分野やエネルギー分野に収益を移して乗り切る意向らしいが、要するに金融業から製造業に回帰するということである。

 製造業の薄利勝負になると、貧乏慣れした日本のメーカーに分があるため勝機はある。東芝のこれまでのGEへの面従腹背も、この状況を見越しての逆転を狙う作戦であれば大したものである。おそらく違うと思うが。

 日本としては、これまで長年アメリカを支えて来た訳であるから、原子力でも自立を図って良いはずである。かつてのシーメンスのように、アメリカから強引に図面を奪って居直るやり方もある。しかし日本の場合は属国の鏡らしく、アメリカの弱った頃合を見計らって、政府のフォローを受けながら穏やかに技術を切り分けることで、円満に独立を達成する方法を模索するのが賢明であろう。

参考文献(本文記載以外)

木村繁「原子の火燃ゆ」(プレジデント社、1982年)
原子力百科事典ATOMICA