THE FOOL

THE FOOL 2

THE FOOL 3


まさか4話を書くことになろうとは。


ちゃんと思い出した自分におめでとうを送ります。






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 4月10日、月曜日。

「早く起きなさーい! 学校遅れるわよー!!」
 下から飛んでくる、聞きなれた聞きあきた声。
 ゆっくりと目を開けると、カーテンを通してやわらかい春の日差しが降りかかる。
 もう一眠りしたいところだが、とりあえず枕元の目覚まし時計を手に取る。
 ……7時……、50分!?
 本当に遅刻ギリギリの時間だ。
 どうにか朝ごはんは食べれなくもないが。
 布団をけり飛ばし、さっさとパジャマを脱ぐ。最近背が伸びて、これまで着ていた可愛らしいデザインのものが着れなくなってしまった。
 かべにかかっているハンガーから、トレンチコートを……ではなく、タンスから適当にとった(といっても事前にちゃんとセットでしまってある)私服をサッと着る。
 始業式の今日は、体育などはなかったはずだ。
 部屋から出て階段を1段とばし(最近出来るようになった)でかけ下りると、テーブルにはトーストが置かれていた。
 よくある「遅刻遅刻~」をやろうにも、数分前にマーガリンが塗られたであろうそれは、もうほとんどしなしなになっていた。
 まだ多少時間はある。
 食卓に同じように並べられていたコップに牛乳を注ぐと、リモコンで電源をつけ、いすに座る。
「テレビなんか見てる時間あるの?」
 洗濯物にアイロンをかけているお母さんが言ってくる。
「大丈夫だよー」
 しなしなトーストに噛み付きながら、テキトーにチャンネルを回していると、国営放送のニュースで指が止まる。
『4月1日に○○市内で男を殺したとして逮捕されていた少年が、正当防衛を認められ釈放されました』
「あ」
 口の中のトーストの欠片を噛むことも忘れる。
『少年の供述によると「親を殺したと言われ激怒して刺したが、嘘だった」とのこと。供述との矛盾は見られるものの、凶器となった刃物の指紋などから、正当防衛であった可能性が高いとして……』
(当たった……)
「当たった!!! やった! わたし、当たってた!!」
 興奮した勢いでバンとテーブルを叩いて立ち上がると、コップにつがれている牛乳が波を立てる。
「やった~! んっふふ~! わたしすごい~!」
「どうしたの、急に騒いで」
 お母さんは驚いた顔で見上げてくる。
「見て見て! このニュース! わたしね、前けいさつの人にこのこと言ったの! そしたらね、そのとおりになった! ……まぁ、なってた、だけど」
 興奮して、まくしたてる。
「警察? あんた何かしたの?」
「何もしてないよ。そうじゃなくて、わたしがこの事件解決したの!!」
「もう、またドラマか何かに影響されて危ないことしたの?」
「危なくないよー」
 口をふくらませて言い返すが、もうお母さんは聞いてない。
「~♪」
 上機嫌で残ったしなしなトーストをかじる。
「あ、雪」
「ん? どうしたの」
「時間大丈夫?」
 かべにかけられたアナログ時計に目をやると、もう8時15分を回っていた。

「あぁぁぁあああああああ!!」
 学校に、走り出す。






 4月17日、月曜日。

「今日から学校行くのか?」
「……うん」
 父の声に俯きながら答える。
 病院で階段から転落して、1週間以上になった入院から帰ってきたのは、もう5日も前。
 度重なる心労で不安定になっていた母が、やっと戻ってきたのが昨日の夜のことだ。
 家族にとって、2週間ぶりの全員が揃った朝の食卓。
 久しぶりに着た制服は、少し窮屈に、そして重く感じる。
「お母さん、もう大丈夫なの?」
 いまだいつもの優しい目に戻らない母親に、不安を隠しきれない。
「……え? あぁ、えぇ、大丈夫よ」
 笑ってみせるものの、そこに見えるのは痛さだけだ。
 前と変わらない、団欒。
 何も知らない人からは、そう見えるかもしれない。
 けれど、決定的に違う。
 何かが、壊れてしまっている。
 もう戻れないのだ。4月1日の、あの日より前には。
 気付いている。とっくに、気付いている。
「じゃあ、もう、行くね」
「もういいの? まだこんなに……」
 茶碗を持つ母を、しかし無視してカバンを掴むと、さっさと家を出た。
 遅刻しないだけの十分な時間。
 一番人が多い時間だ。
 自宅を含めて、学校まで大きな人の流れができている。
 できるだけ、紛れて、誰にも気付かれないように。
 そんな淡い期待は、聞こえてきたひそひそ声で、簡単に打ち砕かれた。
(オイ、あいつじゃね?)
(何が?)
(あれだよ、あれ。繁華街での、──人殺し)
(マジで!?)
 その声の中に、多分、非難する意味はあまり含まれていなかったと、思う。
 ただその事象を表す最も的確な言葉が「人殺し」だっただけだ。
 それでも、その言葉は、そういう意味を持って伝播する。
 学校に近づいたときには、もう最初に話していた男子生徒だけではない。
 周りのすべてが、「人殺し」という言葉を、この身体に貼り付けて見ている。
 それでも出来るだけ平静を装おうと、何もないことにしようと、去年までのクラスメイトを見つけると挨拶をした。
「お、おはよう!」
 精一杯の笑顔で、明るい声で。
 でも、元クラスメイトの顔は怪訝そうに歪むと、何を言うこともなく離れていった。
 これが、新学期の一週間を逃したことによる仲間はずれなら、どれほどよかっただろうか。
 いや、まだ希望を捨てたくない。
 一人、一人、と知り合いを見つけては声をかけ、静かに避けられる。
 もうそのときには分かっていた。
 自分の周りから、人の流れが遠ざかっている。
 新担任からの連絡で既に聞いていたクラスの教室を目指す。
 よく考えれば、様々な連絡がすべて担任から伝えられていたのは何故だろう?
 この学校は、ただの公立中学だ。
 いわゆる学区もそんなに広くないし、近くに住んでるクラスメイトがいないはずもない。
 いくら新クラスといえ、小学校が一緒だった友達、1年生のとき同じクラスだった友達、いくらでもいるだろう。
 皆、自分を「同じ」だとは思っていないのだ。
 3-2、それが自分の新しいクラス。
 扉を開け、数秒の間をおいてすぐにざわつく。
 クラス全体を視線が泳ぎ、見つけた。
 あの日、正確には前日、一緒に映画を見に行った友達だ。
「お、おはよ──」
「やめてくれよ」
 ここまでどうにか自分を運んできた足が止まる。
「人殺しと友達だと思われたくないんだ」
 もう、この目で光を見ることはないと思った。
(人殺し?)
(え、あの4月1日の……?)
(それで都志秋君、ずっと休んでたのか……)
(怖い。そんなのと一緒の教室なんて──)
(先生に頼んでクラス替えてもらえないかな)
(違うだろ。あいつが学校辞めればいいんだよ)
(何で人殺しが学校に来るんだ)
(早く捕まれよ、人殺し)
(人殺し──)
(人殺し────)
(ヒト殺し──────)
(ヒトゴロシ────────)
「ヒトゴロシ」

「あぁぁぁあああああああああああ!!!」
 終わりに、転がっていく。






 偽りのシンジツに抗え。












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どうも。


内容を見ても分かるように、後日談です。


やっと4月1日から離れました。


ということで多分もう終わりですね。


来年は流石に覚えてないでしょう。


4年にわたって読んで頂いた方、


後からまとめて読んで頂いた方、


本当にありがとうございました。






感想、お願いします。