こんにちは。
管理人、渡邊美智恵です。

大寒波が居座っていて、毎日寒いですね。
ゆっくりと花開くお茶を眺めながら、思い出していたこと。。

わたしがクライアントさんからいただくご感想のなかに、こんな一言が、ときどきあります。

「わたしには、この祈りの言葉はキラキラと眩しすぎて、これが自分だとは、ちょっと受け入れられません」

そうおっしゃって、祈りの言葉、ステートメントを読むことをやめてしまわれる方も、なかにはいらっしゃいます。

「えっ?これが自分ではないって、ホントにそう思う?そんな!!一緒に奇跡を見ようよ!待って~!」

と、残念なこともありますが、それでもわたしは、一人でその祈りを、その方のために続けていきます。

もちろん、本当の自分に薄々気づいていて、「それを存分に発揮していいんだ!」ということを、まっすぐに受け取ってくださって、
そのクライアントさんのご両親までも喜んでくださったり、
本当に、ひとつひとつを、丁寧に受け取って、大切にしてくださっている方がほとんどなのですが。。

でも、聖霊からいただくメッセージ、祈りの言葉であるステートメントが眩しくて読めない!!っていうのは、実は、とても正直で素直な感想なのではないかとわたしは思います。

奇跡のコースのテキストに、こう書いてあります。

わたしたちは皆眠りの中にいて、目覚めていない。
その眠っている子を、起きなさいと揺り起こして突然灯りを向けたら、眩しくて目を開けられないどころか、その灯りさえも夢の一部と思ってしまうと。

わたしは、それでも、聖霊がくださるメッセージだし、これが真の姿だし、これで完璧なんだから、これはもう夢から目覚めていいんですよ!!
と、しっかりと目覚めて受け入れてくれるまで一緒に居たい…と願っています。

実は、わたしも、自分が初めてステートメントをもらったとき、そのステートメントを読みながら、最初は、どこか他人事というか、これが真の自分とは思えませんでした。

「わたしは、一瞬、一瞬を、強さを経験するため、強さを人に教えるために生き、また、そのために永遠に生きる」

わたしのための祈り、ステートメントの一部ですが、自分がこんなふうに生きるなんて、とても思えない。。という思いが真っ先に浮かびました。
でも、心の奥のどこかで、やっと気づいてもらえた、やっとそれをゆるせた、…と、うち震えて喜ぶわたしがいたような感覚もありました。
その感覚に正直になって、ステートメントを続けると、寝ぼけてボヤボヤしていたわたしは、いつの間にかウォーミングアップを完了し、あらゆる場面で、本当の強さを経験し、目撃していくこととなるのでした。

ステートメントは、神と聖霊があなたに与える、唯一無二の祈りです。
誰一人として、同じ祈りはありません。

クォンタム・プレイヤーは飛躍的な心の変化をもたらすことはもちろんなんですが、プラクティショナーは、研究会に出席し、聖霊から受け取ったメッセージを、ゆっくりと、眩しすぎないよう、クライアントさんに寄り添った言葉でお伝えする練習も欠かしておりません。

心の奥で眠っている、気づいてもらえるのを待っている、あなたに、そんな祈りを届けてみませんか。