心のお掃除

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こんにちは。
管理人の渡辺美智恵です。
皆様ゴールデンウィークは、いかがお過ごしでしたか?
わたしは1日だけお休みがあって、あとは仕事でした。その1日に感じたことを、書いてみたいと思います。

古い中古物件の我が家の玄関先と路地側には、キレイに手入れをすれば、ちょっとしたガーデニングができるスペースがあります。
けど、そこの手入れは同居する義母に押し付けて、わたしは、ほとんど手を入れたことがありませんでした。
その義母も、最近は、雑草を抜くという作業がとてもしんどくなってきていて、家の周りの雑草は伸び放題になっていました。
それでもずっとずっと、気になりながらも、わたしは手をつけられずにいました。
なんでかっていうと、ご近所さんの目を気にしていて怖かったからです。
15年前、この家に引っ越してきて早々に、お隣の若い奥さんから「虐待していませんか?」と疑われたことがあります。
当時3才のわたしの娘は、事あるごとに全身全霊で泣き叫ぶので、その泣き声に負けじと、わたしも声を荒げてしまうことがしばしばあって、虐待を疑われても仕方のない状況でした。
すぐに虐待疑惑は晴れて、お隣からはお詫びのリンゴが届いたりしたのですが、裏に住むおじいちゃん、斜め前に住むおばあちゃん、もちろん義母からも、一通り苦言を頂戴して、このときは、自分はダメな母親だと思い込み、疲れはて、しばらくは外に出られないことがありました。
間もなく18才になろうとする娘は、今でも自己主張が強く、何かあれば深夜でもオイオイと全身全霊で悲しみを泣き叫び、不良で、ご近所さんの心配、注目をかっています。
なので、相変わらずわたしは愚かな母親だと思われているような気がして、自分を裁いてしまうんです。
自営業の夫の仕事を手伝いながら、パートにも出て、学校のPTA活動にも参加し、我ながら頑張っているなとは思うのだけど、その分、一緒に暮らす義母の世話もろくにしてないな…とか思ってしまい、嫁としてもダメなんじゃない?って、そんなこと、誰にも言われていないのに、「きっと、みんなそう思っているんだろうな…」という、恐ろしい妄想と罪悪感に襲われて、怖くて、ご近所さんと会いたくない、顔も合わせたくないという思いがいつしか強く、それこそ、雑草のように根強く、そんな妄想と罪悪感が消えては繁殖し…を繰り返していました。

そしてここ最近は、買い物やパートに出かけるとき、伸び放題の雑草を見ながら、わたしの心に蔓延る、さまざまな雑音を聞いていました。
わたしがこんなに忙しいのは、夫のせい。
好きなことに集中できないのは、娘が問題ばかり起こすから。
やらなきゃいけないことが何も片付かないのは、夫と娘のせい。
わたしが愚かなせい。
わたしがこんなに怖がっているのは、みんな夫のせい…という恨みまで…。
雑草を目にするたびに、そんなふうにモヤモヤして、どうにも辛くなってきたので、わたしは意を決して(大袈裟な💦)雑草を抜くことにしました。
近所の目に触れないよう、短時間で済ませたいとか、早朝にやれば誰にも会わずにできるかな…とか、今思えば、なんでそこまで…と笑ってしまうようなことを考えていたけど、こんなふうにグズグズしている自分も嫌いで、とにかくこのモヤモヤした心の雑草も抜き取りたいという気持ちにようやくなれて、休みの1日を草むしりにあてたのです。

ちょっと話はクォンタム・プレイヤーのことになりますが、クォンタム・プレイヤーは、この庭を手入れすることと同じイメージをわたしは持っています。
「わたしはこんな問題を抱えています。この問題の元になっている種を、完全に取り払ってください」ということをお願いし、その問題という名の雑草、不要な思いを根こそぎ引っこ抜き、まっ更になった庭に新しい種を植えることと似ています。
この種は、本当のわたしという輝かしい花の種です。その種を祈りをこめながら心に芽吹かせ、少しずつ、じっくりと育てていくのです。

問題という名の雑草…と書きましたが、草むしりをしているとき、昭和天皇の有名なお言葉を思い出しました。
「雑草という名の草はない。全ての草には名前がある」
そうだよな…。皆、精一杯生きてる…そう思うと、引き抜いた草をそのままポリ袋に入れて捨ててしまう気持ちにはなれませんでした。
わたしの思いも同じで、こんな雑音のようなわたしの声、人の目が怖いという思い、この雑草のような問題という名の種を力任せに引き抜いただけでは、なんだか消化しきれていないような気がするし、何より、これでもわたしは精一杯のことはしてきた。。それは認めたい。そう思いながら、
ポリ袋に入れて捨てようと思っていた草は、せっかくだからベランダで育てている鉢植えの堆肥にして使おうと考えました。
家の周りには柵を打ち、花壇を作って、雑草が生えにくいようにグランドカバーになる植物を植えました。
わたしの心に生えた雑草も、こんなふうに、ちゃんと心の肥やしに変えてあげなければ…。
そして、雑草を抑えられるようにグランドカバーも植えて。

「わたしが喜んで変われることをサポートしてくださってありがとうございます。わたしの恐れや恨みの全ては、この喜ばしい変化への肥やしのためにあることを教えてください」
そう祈って数日後、パート先の先輩から素敵な写真が送られてきました。
小さなお坊さん?たちが、一生懸命に心のお掃除をしている写真です。
「定期的に磨きあげること」
そんなふうにメッセージをいただいた気がします。

そして、お向かいのおばあちゃんと、「おはようございます!」と、清々しい気持ちで挨拶できたことで、わたしの心にもささやかなグランドカバーが植えられたような気がしました。




新緑の爽やかな季節、皆さんも心の庭をお掃除してみませんか?!(*^^*)






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