当プロフェッショナルレスリング・ワラビーにおいて、
“至高なるシナゴーグ”にして、
究極のパワースポットだったといえよう。
[WALLABEE SHOWDOWN]が開催されると、
たちまち、
「シミズ・クリエイティヴ・スタジオ・ガーデン」は大聖堂と化し、
幾多の激闘が繰り広げられる、
言わば、
“荘厳な闘いのコロセウム”。
また、
高田馬場・早稲田キャンパス側には新宿スポーツ会館があり、
そこで、
「ワラビー・レスリング・キャンプ」や[School of Wrestling]といったオープンな合同練習会を実施していた過去は、
間違いなく存在する☆
ボクは、
“リヴァプールのカウボーイ”KEITA in THE House*.
ノンストップで“闘い納め”も“闘い初め”も駆け抜けて、
気が付けば2020年32歳ゲラヘーー(≧∀≦)
少しだけ、
遅い正月休みを取ってます★
ボクが幼き頃、
お正月になると祖母の家に一族みんなが集結し、
アレやコレやと新年の心持ちを語り合っていたのを思い出す、。
父親や叔父さんは、
やっぱり新春大相撲談義に花を咲かせていたな( ̄▽ ̄)
ボクが生まれる前に、
“至高なるシナゴーグ”にして、
究極のパワースポットだったといえよう。
[WALLABEE SHOWDOWN]が開催されると、
たちまち、
「シミズ・クリエイティヴ・スタジオ・ガーデン」は大聖堂と化し、
幾多の激闘が繰り広げられる、
言わば、
“荘厳な闘いのコロセウム”。
また、
高田馬場・早稲田キャンパス側には新宿スポーツ会館があり、
そこで、
「ワラビー・レスリング・キャンプ」や[School of Wrestling]といったオープンな合同練習会を実施していた過去は、
間違いなく存在する☆
ボクは、
“リヴァプールのカウボーイ”KEITA in THE House*.
ノンストップで“闘い納め”も“闘い初め”も駆け抜けて、
気が付けば2020年32歳ゲラヘーー(≧∀≦)
少しだけ、
遅い正月休みを取ってます★
ボクが幼き頃、
お正月になると祖母の家に一族みんなが集結し、
アレやコレやと新年の心持ちを語り合っていたのを思い出す、。
父親や叔父さんは、
やっぱり新春大相撲談義に花を咲かせていたな( ̄▽ ̄)
ボクが生まれる前に、
天へ召された祖父の話をしだしては、
話題は、
大相撲から『国際プロレス』=[International Wrestling Enterprise]に移り変わっていたのを、
話題は、
大相撲から『国際プロレス』=[International Wrestling Enterprise]に移り変わっていたのを、
朧げに回想する…
一族揃って、
一族揃って、
アンドレ・ザ・ジャイアントを「ロシュモフ」と、
カール・ゴッチさんを「クラウザー」と呼び、
ゲームボーイをするボクへ、
「啓太!ドン・レオ・ジョナサンって知っとるか?」などと訊かれた記憶が残っている。
『国際プロレス』はアマチュア・レスリングに力を入れていた団体だったようで、
アメリカ・ミネアポリスAWA圏ルートから当時、
未だかつて無い“渋くて玄人好み”の外国人がゾクゾクと来日していた、
言わば、
「大人向けのレスリング・カンパニー」。
ゴッチさんもビリー・ロビンソン先生も来日時には、
大宮にあった国際プロレス道場で日本人所属レスラーへ[Lesson]を施し、
時として、
ゴッチさんとロビンソン先生がイギリス・ランカシャー地方ウィガン時代さながらの本格スパーリングを始めたとか?否か?
“鉄人”ルー・テーズさんに至っては実際に『国際プロレス』のリング上で、
「エキシビジョンマッチ」という名目の、
[true wrestling lesson]を行なった揺るがない事実☆★
新日本プロレス道場では、
新日本プロレス道場では、
いわゆる「極めっこ(寝技のスパーリング)」に重きを置いてたとされ、
全日本プロレス道場では、
「受け身」主体のプロレス本道を往く練習が行われていたらしい。
そんな時代、
国際プロレス道場では前記の[Catch as Catch Can]およびアマチュア・レスリングが主軸。
そして、
事務所が新宿区高田馬場にあった事からスポーツ会館でも練習する事が許された、
当時では珍しい“開かれた方針”が敷かれた関係で、
ビクトル古賀氏との繋がりが生まれ、
旧ソビエト連邦が実戦戦闘用に開発したとされる軍隊格闘術「(コマンド≒スポーツ)サンボ」を、
70年代後半〜80年代に掛けて取り入れた、
革新的な団体こそが『国際プロレス』なのでした★☆
まだ、
前田日明さんが[Fighting Network RINGS]を旗揚げする遥か前に……
昨年(2019年)の夏、
大阪にあるマグナム北斗さんのBARで深夜帯、
ベロベロの菅沼修先輩と少し立ち入ったお話をしたんだ(^O^)/
菅沼修先輩は、
「やっぱりアポロ菅原さんが凄かったよ!!」と、
“強さの幻想”じみた様子を語って下さり、
ボクにはちゃんと伝わった。
北海道アジアンでお世話になった畠中浩旭代表は、
北海道アジアンでお世話になった畠中浩旭代表は、
非常にビジネスライクな方だったなぁ………しみじみ。
ただし、
レスリングの素質やキャリアの勘、
すなわち一言、
『センス』に関しては“天才的”なモノを持ってらっしゃると感じたし、
若き日のボクにとっては、
とてつもなく勉強となった。
そう!
やっぱり勉強だよね。
学び終える事は無いんだよ。いくつになっても!!
それは、
新宿スポーツ会館で「ワラビー・レスリング・キャンプ」や[School of Wrestling]を行なっていた時も、
確かにレスリング・コーチとして教える立場ではあったけれど、
それ以上に、
受講生徒さんから“何かを学んだ”、
『何かを教わった日々』だったと胸を張って言える。
それはいま一人になって、
練習場所が東林間に変わっても、
まだまだ初心のままだし、
最近では、
浦安でキッズレスリングを行なう機会に恵まれているんだ。感謝だよ…………
終身雇用や社会的安定・保険、
老後の年金生活が、
ほぼ、
皆無に等しい昨今のレスリング界……………
確かに不安定な業界だけれども、
それでも、
そんなの百も承知で14年前に飛び込んだこのレスリングビジネスの世界。
だから言い訳できないし、
弱音なんか吐いてる場合じゃない。
ボクはただただ、
“本物のレスリング”を手に入れたいが為だけに、
“闘いの中で勉強”している。
自分自身の中で、
時には会社の中で、、
リングの中で、、、
そして、
時代の中で、、、、ボクは“闘って”きた。
押し寄せる時代の波が、
年月とともに身体を老いていかせ、
世の中が、
「必要の無い者」だと置き去りにしようとも、
ボクの心は、
まだまだ[Wrestling]を始めたばかりの少年でありたいし、
[Wrestling]から『人生を学ぶ』運命を辿る。
だから辞めない。学び続ける。進化する。
安定した老後や年金生活なんて想像もつかないし、
安定した老後や年金生活なんて想像もつかないし、
そんなの別にいいから、
代わりに、
子供達と一緒にレスリングや英会話教室が出来て、
たまに、
パートタイムでリングに上がり、
“ボク達の時代”を[Wrestling]で表現出来ればいいと思ってるよ、うん、いずれはね。笑
次は1月19日(日)『BRAVES』@高島平区民館ホールへ出演★☆
やっぱりリング上が安住の地だよ。
一生涯、
愛した[Wrestling]を今も続けて出来る事って、、、
『やっぱりボクは[Wrestling]からも愛されているんだ!』と中央線、
乗り越して気付いた明日は始業式ゲラヘーー(≧∀≦)
Wrestling God Bless
神の御加護を
social reject
プロフェッショナルレスリング・ワラビー
KEITA in THE House*
2月1日(土)ⅤKF=STARRCADE=@大阪・アゼリア大正
2月1日(土)ⅤKF=STARRCADE=@大阪・アゼリア大正
-ⅤKF Championship-1/61
【王者】ゴアⅤs.KEITA in THE House*【挑戦者】