【部品の入手性】
1176はクローンや自作キットも含めるとかなりの台数が世の中に普及しており、かつプロアマ問わずあちこちのスタジオで現用されていますので、個人輸入さえ覚悟すれば部品の入手自体はそう難しくないようです。

Studio Electronics社のUREI Parts
http://www.studioelectronics.biz/sunshop/index.php?l=product_list&c=61

1176の自作記事 Gyraf Audio
http://www.gyraf.dk/
※DIY-projects以下に1176の製作ページがあり、回路図や部品リストなどがあります。

1176の自作キット Hairball Audio
http://umbrella-company.jp/contents/hairball-audio-1176/
http://www.hairballaudio.com/

1176自作キットの製作から調整まで(動画) Don Bonin
https://www.youtube.com/channel/UCz0UytjhfnNjv8noKq94LDA

1176自体がトランスを除けば基本的に汎用部品で出来上がっているので、廃番になるとすぐに入手が難しくなる部品(例えばカスタムICやBIOS-ROMなど)が無く、実際にMC76で使用されているトランジスタやFETは2016年6月現在、秋葉原の部品屋でも入手できます。

2N5088/2N3391A/2N3053/2N5457/1N4148/1N4740Aは桜屋電機千石電商秋月電子で入手可能
MC76:秋葉原で購入できた半導体

30V10Wのツェナーダイオード1N2989またはNTE5202Aがやや入手難ですが、純粋に定電圧電源として考えるなら、他にも色々と実現する方法はあるはずです。

1N2989 Zener Diode for UREI 1176LN Rev A-F & UA 1176LN. U2
https://www.studioelectronics.biz/sunshop/index.php?l=product_detail&p=4280

もちろん、音にもっとも影響しているのはトランスだと思いますが、トランスは部品としては壊れにくい部類ですから、1176とそのクローン達はまだまだ当分の間、保守を続けつつ運用可能と思われます。これからも世界中の音楽制作を支えてくれることでしょう。

【MC76の音は?】
まだ実戦の録音で使っていないので、実用的な意味でのS/Nとか何とも言えないのですが・・・というか、dbx162SLを買って以降、最近に至るまでムラサキノオトのサークル作品を一つも録ってませんね。せっかく良い機材が増えたのにすっかり宝の持ち腐れです(泣)。

個人的には本家の1176が、サクサクと圧縮がかかったり抜けたりするのに比べると、MC76はかかりかけや抜け方がねちっこいような気がします。あと音が少し上品かも?がっつり潰してもコンプ感の方向性が好ましいのは本家と同様。トランス搭載機なのでいわゆる「通すだけで音が変わる」機材なのも確かです。

MC76:修理完了

ところで修理屋視点としては、長年かかって劣化した部品を交換することによって音が変わる(新品の状態の音に近くなる)のは当たり前のことですが、ミュージシャンやスタジオエンジニア側の事情として「音は修理前と一切変わらないように修理してくれ」となると困ってしまいます。自分で所有している機材であれば、元の音を尊重しつつも、無理なものは無理、と、その辺を納得づくでいじれるので気が楽です。

(がんくま)
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【ガリ対策】
1号機、2号機ともにINPUTの2連ボリュームはどちらにもガリがあります。が、実用上はさほど致命的な問題にはなりません。この部分はオリジナルのRev.D/Eに準拠した600ΩのフローティングT型ブリッジ回路で、専用のアッテネーター部品が必要です。

New 600 ohm T-Bridge Input Pot for UA UREI 1176LN. U2
https://www.studioelectronics.biz/sunshop/index.php?l=product_detail&p=1151

1号機、2号機ともに上記のPEC製ではなく、ビンテージ1176と同じAB製のアッテネーターが付いていました。
MC76:アッテネーター
なんでもAB製アッテネーターの製造が中止された時にMC76の製造も中断され、互換品が作られるようになってからモディファイされて再発売したのがMC77だとか?ならば極力AB製を使い続けるのが王道ってもんですかねえ。今後もし我慢できないほどのガリになったら分解清掃してみるとしよう。隙間から接点復活剤を吹くのはグリスが流れるのでやめておきます。

2号機のATTACKのGR OFFスイッチの切り替えが時々上手くいかなかった問題は、何度か回してON/OFFを繰り返しているうちに症状が出なくなりました。
MC76:ATTACKとRELEASEのボリューム

それにしてもPurple Audio製品、ネジの緩み止めとか熱収縮チューブとか、外からは見えない内部もあちこち「紫色」になっています。
MC76:メーター&スイッチ部

MC76:トロイダルトランス

内部の基板はとてもゆったりとした配置でランドやパターンも大きく、半田割れや痩せなどの不良は一か所も無かった。
MC76:基板裏面

【ステレオリンク機能の修理】
MC76は背面に"Offset of FET Buss""Direct to FET Buss"という2つの1/4フォーンジャックがあります。2台のMC76をステレオでリンク動作させる場合は、片方の機のOffset of FET Bussから別機のDirect to FET BussへTSまたはTRSのケーブルでたすきに配線した後、無信号、GR OFF、メーターモード"GR"の状態で、フォーンジャック脇にあるGR "0" Trimの小穴から半固定抵抗(R1001)を回し、2台のMC76で、お互いに反対側に振り切れるメーターが両機とも"0"になるように調整することになっています。本家の1176で必要な外付けのSA(ステレオアダプター)が不要とはいえ、背面に回って視認性の悪いネジを回さねばならずかなり面倒です。一人でやる場合は後ろから前面のメーターを見るために鏡が必要になります。

1号機から2号機へオフセット電圧を送る場合は、このメーターの調整が上手くできてステレオリンクが機能したのですが、逆は動きませんでした。メーターが振りきったままで、どんなにR1001を回しても針はピクリとも動かず、マニュアルの説明に沿って極性反転(Battery Polarity)スイッチを切り替えてもダメです。R1001はBOURNS社のTrimpot 3006P 100kΩですが、どうも抵抗値が変わっていない疑いがあったので秋月電子で購入した同一部品に交換しました。Offset of FET Buss側のジャックの心線とグランドで電圧を測って、ネジを回しても電圧が変化しない場合は壊れている可能性が高いです。部品交換後に電圧を実測した所、1号機から2号機へは-1.923Vの時に、2号機から1号機へは-1.189Vの時にGR="0"となるとがわかりました。

ステレオリンク機能用にMC76の内部には単三乾電池が搭載されており、1号機にはEnergizerの、2号機にはDURACELLのアルカリ電池が搭載されていて、それぞれの負荷時電圧は1.17Vと1.21Vでした。しかしデュラセルとか懐かしいな。
MC76:デュラセルとか懐かしいな
これらの電池は2000年頃と推測される出荷時から、一度も交換されることなく付いていたものと推測されます。修理の過程で電池も疑ったので、どのみち交換なのですが、MC76のこの辺のスペース設計はあまり良いとは言えず、いまいち電池が付け外ししにくい位置にあります。電圧はそう簡単に下がらないと思うが、蓋を閉めてしまいますから数年で液漏れや粉吹きが発生すると困るので、長期保存がきくというパナソニックのFR6HJ単三型リチウム電池を使うことにしました。

ちなみに電池を入れ替えるとOffset of FET Bussの電圧が変動するので、電池交換後に再びR1001を回して調整をやり直す必要があります。さきほど電圧を実測していたので簡単に調整できました。動作確認後、中で外れて転がらないように電池をインシュロックで固定します。
MC76:リチウム電池に交換
電池の右上の青い部品がR1001。斜めについているのは、背面パネルの穴の位置が微妙にあっていないので斜めにしないとドライバーで回せないためです。

【個体差】
1号機と2号機の製造番号は、連番ではありませんが4つしか違いません。MC76としては初期のものだと思います。故障や不都合と言うわけではありませんが、この2台、良く見るとあちこちに個体差があります。

MC76:2号機と1号機

まずパネルの塗装。ネットで検索したMC76の写真を見ていても、複数台映っている写真では色が微妙に異なってないか?と思っていましたが、実際に1号機は鯖肌とは言わないがやや艶消しっぽい塗装、2号機は水平方向に光沢のあるヘアラインです。製造後の年月で退色変色した、では説明がつかない気がします。

何故か1号機と2号機で天板・床板を止めているネジが違います。1号機がマイナスの角ネジで2号機はプラスの鍋ネジ。過去の修理の時に入れ替わったのでしょうか?それはそうとこのネジ、インチの短いタッピングで、かなり付け外ししにくいです。

内部の配線材にCOMPUTER用と印字された線材が使われています。
MC76:COMPUTER CABLE
電気的に問題は何もないのですけれど、これを見た時ふと、最初の1176オリジナルが設計製造された1960年代にはコンピューターなんて一般的じゃなかっただろうなぁ、などと思いました(MC76は2000年前後の製造)。しかもこの配線材は2号機のみに使われており、1号機には別の線材が使われています(たぶんどちらもベルデンです)。アメリカの製品ってだいたいこんな感じにどこかが緩い。

つづく
(がんくま)
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【キャリブレーション】
以下の調整内容は前掲のMC76のマニュアル(PDF)に沿っていますが、ところどころ意訳が入っていて間違っている可能性もありますので、必ず英文の原典を参照して下さい。半田付けや測定器も必要なので、ごく普通のミュージシャンやスタジオエンジニアの方で、機械の修理や電子工作の経験が薄い方は、専門の業者に依頼されることを推奨します。

MC76:較正に使った測定器
使用した道具は低周波発振器、交流電圧計、アンバラ⇔バランス変換用の600Ωトランスボックス、マルチメーター(テスター)、写真にありませんがオシロスコープと昇圧トランスです。

まず、較正作業の開始前に15分間通電します(電源投入直後のドリフトによる影響を避けるため)。なおMC76の動作可能電圧はAC100Vからとされていますが、推奨動作電圧は海外仕様の115V~120Vと思われます。日本の家庭用コンセントは100V以下にドロップする可能性があるため、100V→117Vの昇圧トランスを使用し、以下の作業は電源電圧117Vで行いました。

◆電源部の電圧測定
適正な正電圧は+30V(許容値は±0.5V範囲内)であるべきで、R51端のテストポイントで測定します。負電源電圧は固定値で-10V(許容値は±0.5V範囲内)で、CR9のアノード端子にて計測します。(どちらも基板上にシルク印刷で表示があります。テスターのアース側のクリップは基板前縁のアース板に装着して測定します)。
MC76:電源電圧測定箇所

1号機 +31.5v/-9.83v
2号機 +32.1v/-10.5v

実際には電圧を調整できるような箇所はありません(シンプルなツェナーダイオードによる定電圧回路です)。正電圧が多少許容値をオーバーしていますが、リップル成分が悪影響を及ぼしている様子は見られないので良しとします。

◆"Q"バイアスの調整
内部の半固定抵抗R59で"Q"バイアスの調整を行います。この製品の動作の直線性を保証するためにとても重要なパラメータなので、調整は慎重に行われなくてはなりません。各ツマミを次のように設定します。

INPUT "24"(12時位置)
OUTPUT "24"(12時位置)
ATTACK 反時計回りに回し切り(コンプレッションオフの位置まで)
RELEASE 時計回りに回し切り
RATIO 20:1
メーターモード "GR"
"Q"バイアス調整(R59) 反時計回りに回し切り

MC76:Qバイアス調整箇所

音声入力に1kHz 0dBの信号を入力し、OUTPUTツマミを回して外部メーターの指標値が+11dBになるように合わせます。"Q"バイアス調整(R59)を、1dBの低下が発生するまでゆっくりと時計回りに回し、外部メーターの指標値で+10dBになるように調整します。この部分はゲインリダクション用のFET(Q1)の適正な動作範囲を微調整します。

◆ゲインリダクション(GR)メーターの調整(内部半固定抵抗R75)
以下の作業は調整の相互作用により結果が変動しますので、良好な調整結果を得るために何度か同じ手順を繰り返す必要があります。

・準備
信号無し。
R44を分離(片方の半田付けを外してランドに接触しないようにする)。
MC76:R44の切断
R74の両端に電圧計を接続。

・較正
1.フロントパネルを通してGRメーター調整ボリュームR71を回し、GRメーターを"0VU"に合わせます。
2.半固定抵抗R75を回して、R74の両端の電圧が0.0Vになるように調整します。
MC76:R75 Null Adj.
3.1と2、両方の条件が満たされるまで上記の手順を繰り返します。
4.各ツマミの位置を次のようにします。

INPUT "24"(12時位置)
OUTPUT "24"(12時位置)
ATTACK 時計回りで回し切り
RELEASE 時計回りで回し切り
RATIO 20:1
メーターモード "GR"


5.音声入力に1KHz 0dBの信号を入力します。
6.OUTPUTツマミを回して外部メーター指標値で0dBに合わせます。
7.ATTACKツマミを反時計方向に回し切り、コンプレッションオフ位置にします。INPUTツマミを回して外部メーターの指標値を+10dBに合わせます。
8.ATTACKツマミを反時計回りにOFFまで回し、もし必要であればOUTPUTツマミで"0"に再調整します。
9.ATTACKツマミでGR ONにすると圧縮がかかってレベルが落ちるので、外部メーター指標値が0dBになるようにOUTPUTツマミで合わせます。続いてGR_OFFにして圧縮を外し、指標値が+10dBになるようにINPUTツマミで合わせます。以上の手順を何度か繰り返し、GRをONにするたびに外部メーターで出力が正確に10dB落ちるようになるまでINPUTツマミとOUTPUTツマミの位置を追い込みます。
MC76:INPUT/OUTPUT調整位置
10.ツマミの位置が決まったら触らず、R44の接続を元に戻します。

R44接続後にR71で本体のメーターのGR="0"位置を調整すると、上記の設定で1kHz 0dBを入力した時、GR ONで本体のメーターが-10dB下がるようになるはずです。
※メーター較正の後半部分はマニュアルの文章による説明ではややわかりにくかったので加筆しています。本家の1176とやっていることは同じなのですが、MC76ではトラッキングアジャストトリマーを回さないので1176の調整とは少し違います。

◆プリアンプの直線動作
この調整箇所(R86)は、Q1のフィードバック回路の途中にあってその動作に影響を与えます。この部分の回路の抵抗が交換されないかぎり、R86の調整は不要です。もし調整が必要になった場合は、各ツマミを次の位置にします。

INPUT 時計回りに回し切り
OUTPUT フロントパネルの"18"の位置に
ATTACK 反時計回りに回し切り(オフの位置)
RELEASE 時計回りに回し切り
RATIO 20:1
メーターモード "GR"


音声入力に500Hz -30dBの信号を入力し、得られる出力信号のTHD(全高調波歪率)を測定します。測定値(歪み)が最小になるようにR86を調整します。

今回は1号機2号機とも測定調整を省きました。

◆製品のクリーニング
MC76のフロントパネルは、柔らかい清潔な布に含ませた非研磨性の洗剤、例えば「フォーミュラ409」や「ファンタスティック」などで洗浄することができます。パネルの追加保護用としては、アルマイト処理されたアルミニウムに使用できる、と正しく宣誓されているようなスプレーワックスが使用できます。
注意:パネルに直接洗剤やワックスを吹きかけないで下さい。ツマミやメーターに悪影響を与え、場合によってはケースを貫通して基板を汚染する可能性があります。

天板側板のステンレス板はアルコールで洗浄した後に錆防止でごくうっすらとオイルを塗りました。背面の印刷はあまり強くないらしく、今でもかなり字がかすれているのでそのままです。

つづく
(がんくま)
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