誰もが闇を抱えている?「アイム・ノット・シリアルキラー」を観て | パンクフロイドのブログ

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アイム・ノット・シリアルキラー 公式サイト

 

 

チラシより

アメリカの田舎町に暮らす16歳の少年ジョン。葬儀屋を経営する家庭に育ち、その影響なのか、死体や殺人に異常な関心を示す彼は、ソシオパス(社会病質者)と診断される。そんなある日、彼の住む町で謎の連続殺人事件が発生し、自宅の葬儀屋に死体が運び込まれる。その死体は切り裂かれ、内臓の一部が持ち去られていたのだ。それを見たジョンは猟奇殺人鬼が近くに潜んでいることを実感し、強い興味を示し始める・・・。自ら調査に乗り出したジョンは、偶然にも殺人現場を目撃し、連続殺人鬼の正体を知ることになる。なんと隣人の老人がシリアルキラーだったのだ!!ジョンは自身の奥底に眠る衝動的な行動を必死に抑えながら、自分の手で連続殺人鬼を阻止しなければならないと覚悟を決める。凍てつく雪に覆われた町で、追いつ追われつの予測不能な死闘が始まる。

 

製作:アイルランド イギリス

監督:ビリー・オブライエン

脚本:クリストファー・ロイド ビリー・オブライエン

撮影:ロビー・ライアン

音楽:エイドリアン・ジョンストン

出演:マックス・レコーズ クリストファー・ロイド ローラ・フレイザー カール・ギアリー

2017年6月10日公開

 

「ジェーン・ドウの解剖」に続く、遺体安置所を舞台にしたホラー作品を上映する松竹メディア事業部の企画『<遺体安置所>ネクロテラー』の第二弾が「アイム・ノット・シリアルキラー」。「ジェーン・ドウ」が素材の良さを生かし切れないもどかしさがあったのに対し、本作は「ジェーン・ドウ」で感じた不満点や不足していた部分がほぼ解消され、良質のサイコ・サスペンス及びホラー作品に仕上がっています。きめ細やかな演出に加え、敢えて省略したと思える箇所が逆に想像力を掻き立てる効果となって表れます。

 

ジョン(マックス・レコーズ)は死体や殺人に異常な興味を示すことから、周囲からは問題児扱いされています。16歳の少年に死体解剖を手伝わせる環境が彼の人格形成に影響を与えたとも言えますが、ジョンは傍観者の立場で、地元の街で起きる連続殺人を他人事のように接していました。ところが、隣人のクローリー(クリストファー・ロイド)の殺人現場を目撃したことにより、事件を見過ごすことができなくなります。殺人を目撃する経緯も、ジョンはクローリーが標的になるか心配で尾行していただけに、余計ショックが大きく感じられるように演出され、話の運びの巧さが感じられます。

 

ジョンが警察に通報しないのは、老夫婦の日常生活を知っているだけに、老人を告発するのは忍びない面がありますが、その一方で目撃していることを警告した上で、シリアルキラーの対応を見てみたい好奇心も見受けられます。あるいは、自分が殺人者より優位な立場にいることを、秘かに誇示したい気持ちもあったかもしれません。また、主人公は母親、伯母、姉と女ばかりの家庭で暮らしているため、父親の不在が余計に目立ち、クローリーに対して父性を抱いていた可能性も考えられます。

 

ジョンもクローリー同様、少なからず殺人衝動を抱えてはいますが、それを抑える術を心得ています。一方、クローリーは本能のまま犯行を重ねてゆきます。ジョンは監視を続けるものの、挙動不審な態度をとったことから、クローリーに彼が目撃者だったことを悟られてしまいます。また、ジョンは老人を監視するため、彼を尾行することから、犯行時刻にはアリバイがなく、クローリーの留守中に自宅に侵入した際、決定的なヘマを仕出かした挙句、セラピストに相談する電話をかけるなど、いつ連続殺人の容疑者になってもおかしくない状況にあります。

 

したがって、彼が犯人として捕らえられ、クローリーはそのまま街に住み続ける最悪のシナリオも考えられるのですが、セラピストの葬儀場面から意表を突かれる展開が続きます。特にジョンの母親エイプリル(ローラ・フレイザー)がクローリーに拉致されてから、彼女の行動を含め、意外性のある話の流れに驚かされます。極め付きは、あまりにも飛躍した描写。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「複製された男」のラストの味わいにも似てはいますが、「複製された男」が突飛に映るのに対し、本作は前後の文脈から、然程おかしな表現でもないと受け取れます。

 

クローリーは殺人を繰り返しながらも、老妻を深く愛しており、決して冷酷非道な面ばかりの人間ではありません。殺人を止めるためには、自ら死を選ぶ道もあったかもしれませんが、彼にとって妻を残してこの世を去ることは耐えきれなかったのも事実。そして、クローリーが最後に下す判断には、たとえシリアルキラーであったとしても哀切が感じられます。また、ジョンが彼自身を映し出す鏡とも呼べるクローリーと接するうちに、殺人への異常な興味から人を救う方向へと変化する心の動きも、ジョンの人間的成長を促すドラマとなっています。

 

若干、謎の部分やおかしな部分はあるにせよ、物語のカタルシスに比べたら瑣末なもの。思春期の若者の心の揺れを映し出す青春映画としても上質な作品です。主演のマックス・レコーズはスパイク・ジョーンズ監督の「かいじゅうたちのいるところ」を観て以来で、可愛い坊やだった彼がソシオパスの少年を演じるのを見ると、月日の流れを感じずにはいられません。クリストファー・ロイドのシリアルキラーの成り切りぶりも良かったです。