パンクフロイドのブログ

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ラピュタ阿佐ヶ谷

ピカレスク スクリーンで味わう<悪>の愉しみ より

 

悪魔の接吻

 

製作:東宝

監督:丸山誠治

脚本:高木隆 加藤俊雄

撮影:中井朝一

美術:中古智

音楽:池野成

出演:草笛光子 河津清三郎 佐原健二 坪内美詠子 笹るみ子

         樋口年子 中丸忠雄 伊藤久哉 沢村いき雄 谷晃

1959年10月25日公開

 

卸し衣服を取り扱っているみゆき商会の社長・伊藤浩三(河津清三郎)は、バーのマダム恒子(草笛光子)と関係を持っていました。更に、浩三は競馬に嵌り、ノミ屋の広沢(伊藤久哉)から10万円を催促されています。浩三の妻・幸江(坪内美詠子)は、浩三から業績不振を聞かされていましたが、運転手兼店員の内山(佐原健二)から経営状態を聞き、夫の話に不審を抱きます。

 

以前から浩三は、恒子に幸江を殺すようけしかけられていましたが、実行できずにいました。しかし、幸江が会社の帳簿を調べようとしているのを知り、妻殺しの決心をします。浩三は言葉巧みに内山に無理心中と思える手紙を書かせた上で、夜更けに自宅で幸江を殺し、その死体をガレージに運びます。そして、死体をワゴン車に乗せ、午前12時に爆発するようセットしたダイナマイトを仕掛け、内山に命じて幸江の実家がある甲府に向けて出発させます。

 

あらかじめ女子店員に内山が幸江に気があるように匂わせた浩三の発言や内山に書かせた手紙から、世間は二人を社長夫人と運転手が不倫の末に無理心中したと思う筈でした。ところが、内山が浩三の自宅にガソリン代を取りに戻ったことから、計画が狂い出します。ちょうど浩三の自宅に居合わせた姪の友子(笹るみ子)が、甲府にいる友達のところまで同乗したいと言い出し、浩三が恒子からかかってきた電話に出ているうちに、二人は出発してしまいます。

 

社長がノミ屋の借金に首が回らなくなったことと、妻に会社の金を使い込んだことがバレそうになり、女房を殺して部下との心中に見せようとする話です。悪役に定評のある河津清三郎が、この映画では草笛光子演じる悪女に翻弄されるのが見どころのひとつ。姪がダイナマイトを仕掛けた車に乗ったことを知り、警察に連絡するかどうか悩むくらいですから、ワルと言うよりも小心な男の印象です。一方恒子は、浩三の妻・幸江とは異母姉妹の関係にあり、幼い頃から女中の子と蔑まれた経緯があり、浩三と関係を持ったのも、浩三に妻殺しを焚きつけたのも、その根底には彼女に対する復讐が込められています。

 

妻を殺した後に、部下と心中したように見せかける工作も然ることながら、姪が内山の車に乗ったことから、様々なハプニングが生じて、ハラハラドキドキさせる展開も上手いです。二人が死体を運んでいることを知らない前提で話を進めていくため、余計にスリルは増します。普通に考えれば、ダイナマイトで無理心中に見せかけるのは、警察に怪しまれると思われるでしょうが、その後の展開でその件は全く支障をきたしていないことが明らかになります。むしろ、友子が内山の運転するワゴン車に乗ったことから、完全犯罪の綻びが目立ち始めるのが、本作の肝と言えそうです。

 

急転直下、実は〇〇だったという途中経過の驚きがあり、悪女としての落とし前のつけ方が潔く、バッサリ切って終わる演出も見事。恒子が最終的に何を企んでいたのか分かるだけに、深い余韻が残ります。こうした秀逸なフィルムノワールの旧作が底に眠っているだけに、こちらも掘りだし甲斐があろうというものです。

 

 

わるいやつら

 

製作:松竹 霧プロダクション

監督:野村芳太郎

脚本:井手雅人

原作:松本清張

撮影:川又昴

美術:森田郷平

音楽:芥川也寸志

出演:片岡孝夫 松坂慶子 梶芽衣子 藤真利子 宮下順子

       神崎愛 藤田まこと 緒形拳 渡瀬恒彦 佐分利信

1980年6月28日公開

 

戸谷信一(片岡孝夫)は、父の死後、後を継いで総合病院の院長におさまっていました。彼は財力のある人妻たちと関係を持ち、女たちからまきあげた金で病院経営の赤字を補填していました。戸谷は妻の慶子(神崎愛)と別居中で、横武たつ子(藤真利子)、藤島チセ(梶芽衣子)の二人の愛人がいるにも関わらず、槙村隆子(松坂慶子)という美貌のデザイナーを狙います。

 

戸谷は友人の経理士・下見沢(藤田まこと)に妻との離婚や慰謝料を任せる一方、隆子の男関係を調べさせます。戸谷の愛人たつ子は彼に金を貢ぎながら、年の離れた夫の毒殺を図っていました。彼女は戸谷から渡された薬で夫を死に至らしめるものの、不審死と判断され、警察と遺族に疑いを持たれます。戸谷は危険を感じ、かつて関係した婦長の寺島トヨ(宮下順子)と共謀して、たつ子を殺害します。

 

また、一方の愛人、チセも夫(山谷初男)を疎ましがっており、戸谷はたつ子のときと同じ方法で殺害します。たつ子の夫もチセの夫も、戸谷が死亡診断書を書いたため、一応死亡理由の追及は免れますが、秘密を知るトヨの存在が次第に邪魔になりだします。戸谷はトヨをモーテルで絞殺し、その死体を林の中に投げ捨てます。邪魔のいなくなった戸谷は、隆子を落とすことに全力を傾けようとしますが、病院を抵当にまで入れて工面した1億円が、消えていることに愕然とします。

 

苦労知らずの二代目院長が、プレイボーイ気取りで女を漁るものの、手痛いしっぺ返しを食らう話です。片岡孝夫演じる院長は、そのモテっぷりで男の観客から反感を買い、薄情さと意気地のなさで女の観客から呆れられそうです。したがって、調子こきが上がるほど、身を滅ぼす結果が観る者には快感となります。

 

尤も、ワルは戸谷だけでなく、この映画に登場する主要な男女は、それぞれ脛に傷を持つ身。多かれ少なかれ、己の欲望のために悪事を働いています。中でも悪質なのは、デザイナーの隆子ではないでしょうか。自分から行動は起こさないのに、男が勝手に近寄ってきて、彼女に好意を持つのをいいことに手玉にとります。そして、自分の望むものを手に入れた途端、相手から全てを奪う悪女ぶり。戸谷は冒頭の隆子が殴られるシーンで、彼女の本質に気づけなかったのが失敗のもとでしたね。

 

また、戸谷が過信していたのは女に対してだけでなく、男に対しても甘く見ていた節があります。特に下見沢は父親の代から付き合いがあるとは言え、実印まで渡してはねぇ・・・。戸谷のほうに下見沢を見下していた面もあり、まんまと復讐されたように思います。いずれにせよ、こちとら戸谷のように財力があり女にモテてる状況とは無縁な立場にいる訳で、彼の転落も安心して見られるというものです(笑)。

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ラピュタ阿佐ヶ谷

ピカレスク スクリーンで味わう<悪>の愉しみ より

 

カモとねぎ

 

製作:東宝 宝塚映画

監督:谷口千吉

脚本:松木ひろし 田波靖男

撮影:鈴木斌

美術:松山崇

音楽:真鍋理一郎

出演:森雅之 緑魔子 山岡久乃 高島忠夫 小沢昭一 砂塚秀夫

        東野英治郎 藤村有弘 桜井浩子 ロミ山田 桂米朝

1968年3月16日公開

 

石黒信吉(森雅之)は、キザなチンピラ・丸木久平(高島忠夫)、発明狂の堅物・森洋介(砂塚秀夫)を使い、数々の詐欺を働いていました。3人の詐欺師は、競艇でボートのスクリューに細工をして、まんまと300万円を手にするものの、その金を謎の女に持ち逃げされてしまいます。女の残したマッチを手掛りに、暴力バーのホステスである女、麻美(緑魔子)に辿り着きますが、彼女は情夫の保釈金にその300万円を使ったと言います。

 

麻美が金庫破りの技術を持っていたことから、彼女も仲間に入ることになり、信吉は300万円の穴埋めに、税務署員に化けて、麻美が働く暴力バーへ乗込みます。麻美の協力によって、信吉を税務署員と思い込んだ支配人(藤村有弘)は、信吉に脱税の口止め料を払う羽目に。

 

ある日、麻美は信吉と一緒に出掛けたクラブのカウンターで、客が東西油脂の工場に不発弾が埋まっている話を耳にします。詐欺師集団は下見に工場周辺で情報を収集していると、工場の廃液によって地元の人々が迷惑を被っていることを知ります。信吉は新聞記者に化けて公害による奇病の実態を調べるうち、東西油脂に一泡吹かせようと企みます。

 

彼らは自衛隊の不発弾処理班になりすまし、緊急避難命令で工場の人々を退避させ、その隙に工場の金庫にあった手提げ金庫を奪います。ところが、中に入っていたのははした金。一同はがっかりするものの、2通の書類が闘志を奮い立たせます。

 

一通は廃液を有害とする研究報告書で、もう一通は秘かに製造しているナパーム弾の米軍との受注契約書でした。信吉たちは2通の書類をネタに、東西油脂を脅して金をせしめようとしますが、逆に社長の大井(東野英治郎)の罠に嵌り、危うく信吉、久平、洋介は命を落としかけます。

 

普段野暮ったい演出をする谷口千吉監督ですが、この映画に関しては洒落っ気があり、弾けてもいます。しかも、森雅之が初老とは言え、緑魔子をメロメロにさせるだけのダンディぶりを見せつけます。渋いおじ様の反面、長い黒髪フェチというギャップもいい感じですね。ショートカットの緑魔子には目もくれないため、余計彼女が森に熱を上げてしまいます。緑魔子が演じる麻美は、本来3人組から300万円を奪った性悪女なのですが、話が進むにつれ、片想いをする可愛い女としか思えなくなります。

 

映画の中で特に気に入ったのは、本筋とは関係ない枝葉の部分。山岡久乃を始めとする青少年教育に力を入れるおば様たちに、わいせつ罪の冤罪を着せる話の運びには抱腹絶倒。このエピソードはこれで終わりかと思いきや、彼女たちにした仕打ちが、終盤になって信吉がしっぺ返しを食らう繋がりを見せるあたりも気が利いていて実に心憎い演出。麻美が最初に奪った300万円が、最後の最後に生きてくるところも気持ちのいい終わり方でした。

 

 

可愛いくて凄い女

 

製作:東映

監督:小西通雄

脚本:舟橋和郎 池田雄一

撮影:山沢義一

美術:森幹男

音楽:八木正生

出演:緑魔子 天知茂 城野ゆき 浦辺粂子 今井健二 大村文武

        園佳也子 国景子 大坂志郎 山本緑 須賀良 小林稔侍

1966年9月17日公開

 

分不相応なマンションに暮している池辺千枝子(緑魔子)は、周囲にはタイピストを装っているものの、実は名うてのスリでした。千枝子を一人前に仕込んだのは黒木(天知茂)で、彼は師匠でありながら千枝子と関係を持っています。ある日千枝子が、同じマンションに住む榊美和子(城野ゆき)に盗品のハンドバッグを売ったことから、昔馴染みの刑事・山崎(大坂志郎)に目をつけられます。美和子が千枝子から買ったことを言わなかったため難を逃れますが、黒木と千枝子は危険な割に儲けの少ない仕事に見切りをつけます。

 

今度は、ムショ仲間の飯島ゆき(浦辺粂子)、堀江さと子(園佳也子)と3人で、宝石店からダイヤモンドを盗む計画を立て、3人の連携プレイによって見事に成功します。一方、銀行員で美和子の夫である榊吾郎(大村文武)は、粘着質のやくざ野坂(今井健二)による美人局の罠に嵌り、自分の女房を差し出すよう迫られます。美和子に恩義のある千枝子は、彼女を野坂の毒牙から守るため、金で解決するよう交渉役を買って出ます。

 

その結果、美人局であることを見抜かれた野坂は、100万円で手を打つことに了承します。ところが、千枝子はその100万円までも野坂の懐から掏ったため、野坂は怒り狂います。やくざの怖さを知る黒木は、千枝子の身を案じ、彼女を微罪で刑務所に入れて危険を避けます。ところが、千枝子が出所した直後、彼女は黒木の使いと名乗る野坂の子分たちに、ゆきと一緒に拉致されます。

 

緑魔子演じる清濁併せ持つ女スリが何とも魅力的。刑事を手玉にとるしたたかさがある一方で、師匠の黒木には師弟関係を取っ払いデレデレ状態。また、ハンドバッグの出処に口を割らなかった美和子のために、一肌脱ぐ女の心意気を見せます。

 

緑魔子がスリという設定のため、その鮮やかな手口もたっぷり拝めます。浦辺粂子、園佳也子と組んで、チームプレイで銀座の高級宝石店からダイヤモンドを盗み取るシーンなど、単純な手口ながらハラハラドキドキさせます。その際には、ワンちゃん、バッグ、雑誌などの小道具がいいアクセントとなって、サスペンスに彩を添えます。

 

前半はコメディ描写もあり、犯罪映画でもゲーム的な愉しみがあるのですが、強面の今井健二演じるやくざが登場してからは、一気に緊迫感が増します。美人局の落とし前は金で片をつけるのが常識ですが、このやくざは目には目をというやり方で、銀行員の貞淑な奥様を抱かせろと迫ってきます。

 

この陰険なやくざに啖呵を切る時の、魔子姐さんのかっこいいこと!ただし、100万円で手打ちしたのに、その金も掏ってしまうのは明らかにヤリ過ぎ。でも、この分別のなさと脇の甘さも、この映画の緑魔子ならば赦せるかも。

 

天知茂演じる黒木は、千枝子と寝ても師弟関係は崩さずにいます。女に情を見せた途端、ロクな結果にならないと、頑ななまでに信じているからであり、実際その通りになるのです(笑)。それでも、ラスト近くに二人が交わす会話から、黒木が真の男女の仲になったことを、決して後悔していないことが十分に読み取れます。

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高田馬場 早稲田松竹

ヴィム・ヴェンダース監督特集 より

 

ベルリン 天使の詩

 

製作:西ドイツ フランス

監督:ヴィム・ヴェンダース

脚本:ペーター・ハントケ ヴィム・ヴェンダース

撮影:アンリ・アルカン

音楽:ユルゲン・クニーパー

出演:ブルーノ・ガンツ ソルヴェイグ・ドマルタン オットー・ザンダー

        クルト・ボウワ ピーター・フォーク

1988年4月23日公開

 

天使ダミエル(ブルーノ・ガンツ)は、いつもベルリンの廃墟の上から人々を見守っていました。天使の耳には地上の人々の様々な内なる声が聴こえ、ダミエルは親友の天使カシエル(オットー・ザンダー)と情報交換をしながら日々を送ります。やがて、サーカス小屋に迷い込んだダミエルは、空中ブランコを練習中のマリオン(ソルヴェイグ・ドマルタン)を見て一目惚れをします。だが、サーカス一座は負債を抱え、最後の公演を迎えようとしていました。

 

ダミエルはカシエルを誘い、サーカスの公演を見に行きます。ダミエルは、マリオンの悲痛な思いを耳にしながら、彼女に何もしてやれない天使に疑問を抱き始めます。そんな折、映画の撮影でベルリンを訪れていたピーター・フォーク(本人)が、ダミエルの存在に気づきます。彼は見えないダミエルに向かって、人間になることを勧めるのです。ダミエルはカシエルにマリオンを愛していることを告白するものの、カシエルは天使が人間に恋をすると死ぬことになると忠告します。親友の忠告を聞いたダミエルは・・・。

 

本作は公開時と90年代の初めに二度劇場で観ていますが、二度とも途中で居眠りをしてしまいました。劇場で二度とも寝た映画は、他にもアラン・レネ監督の「去年マリエンバートで」があります。どちらも退屈な映画ではなく、むしろ寓話性のある魅力的な映画でした。果たして今回の鑑賞は、三度目の正直となるか?それとも二度あることは三度あるになるのか?

 

映画の序盤は、主人公が天使という設定もあり、空から地上を見下ろすショットが多用されています。天使はダミエルのみならず、親友のカシエルを始め、至る所に出没しています。特に図書館は天使の溜まり場の様相を呈しています。天使たちが人々の発する囁きや心の叫びを受け止める行為が、絶え間なく繰り返されるため、断片的な人間の言葉が心地良い散文詩のリズムとなって、眠りを誘うのかもしれませんね。

 

二度観ているにも関わらず、記憶の欠落している箇所が結構多いのは、天使が人間の声を拾う行為にかなり時間を割いているからでしょう。その反面、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのライヴ、ダミエルが天使から人間に生まれ変わる場面、カシエルが飛び降り自殺する男を止められず絶叫する場面、ピーター・フォークがダミエルに語りかける場面などは、強く印象に残っています。

 

天使はあくまで観察者であり、傍観者という立場にあるだけに、直接人間と関わり合うことはできません。ダミエルは人の温もり、愛情、痛み等を直接感じたいと願い、ピーター・フォークの助言も後押しになり、敢えて人間社会に飛び込んでいきます。現在、ネットが普及した結果、人や社会との関係が段々希薄になっています。今から30年近い昔に、顔を突き合わせてコミュニケーションをとろうよと示唆した映画が撮られたのは興味深いです。

 

堕ちた天使の目から、人間であることの喜び、哀しみ、苦悩が映し出され、それでも人として生きていく価値があることを、ダミエルは身をもって示します。アンリ・アルカンのカメラが捉えたベルリンの風景は、時折戦時中の実写フィルムやカラーが挿入されることによって、より詩的で幻想的に映ります。ところで、過去に二度とも途中で眠ってしまった本作ですが、無事最後まで眠らずに観ることができました。

 

 

パリ、テキサス

 

製作:西ドイツ フランス

監督:ヴィム・ヴェンダース

脚本:サム・シェパード L・M・キット・カーソン

撮影:ロビー・ミュラー

音楽:ライ・クーダー

出演:ハリー・ディーン・スタントン ナスターシャ・キンスキー

        ディーン・ストックウェル オーロール・クレマン

1985年9月7日公開

 

一人の男(ハリー・ディーン・スタントン)が、テキサスの原野を彷徨い歩いていました。男は寂れたガソリン・スタンドに入り、氷を口に含むとその場で倒れます。男は病院にかつぎこまれ、医師(ベルンハルト・ヴィッキ)は一枚の名刺から、男の弟ウォルト(ディーン・ストックウェル)に連絡を取ります。やがて、ウォルトが到着すると、兄の名はトラヴィスと言い、4年前に失踪したまま行方不明になっていたことが明らかになります。

 

ウォルトは兄を飛行機に乗せて自宅に連れ帰ろうとしますが、トラヴィスは搭乗を拒否し、仕方なく2日間かけて車で移動します。その間、ウォルトが質問をしても、トラヴィスはなかなか口を開こうとはせず、気づまりのまま自宅に戻ります。家ではウォルトの妻のアンヌ(オーロール・クレマン)と、トラヴィスの7歳の息子ハンター(ハンター・カーソン)が出迎えます。ハンターはウォルター夫妻の息子として預けられていたため、実の父親が現れてもトラヴィスに馴染めず、わだかまりを残したまま一緒に暮らし始めます。

 

それでも数日経つうちに、親子は打ち解け出し、ウォルターとアンヌは二人の姿を複雑な思いで見守ります。やがて、トラヴィスはアンヌから、トラヴィスの別れた妻・ジェーン(ナスターシャ・キンスキー)が、ハンターの口座に定期的に送金していることを知らされます。ジェーンがヒューストンの銀行から振り込みをしていることから、トラヴィスはハンターにジェーンを探しにヒューストンに行くと告げます。父親から話を聞かされたハンターも、一緒について行くと言い張り、かくして二人は中古の軽トラでヒューストンに向かいます。

 

二人は別々の場所から銀行を張込み、ジェーンが現れるのを待ちます。ところが、二人とも寝過ごしてしまい、慌てて彼女の車を尾行します。やがて、駐車場でジェーンの車を見つけたトラヴィスは、息子を軽トラに残して、一人で怪しい建物に入って行くのですが・・・。

 

主人公が4年もの間、失踪した理由を明らかにせず、最後まで引っ張るのは、のぞき部屋で元妻に告白するクライマックスがあるからです。そのせいか、トラヴィスが身勝手に映り、少なくとも前半はかなり印象が悪いです。4年ぶりの息子との再会から、徐々に持ち直しはするものの、ジェーンを探しにハンターとヒューストンに向かうくだりになると、再び自己チュウの印象がもたげてきます。何より父親が不在の間、息子の面倒を見てくれた弟夫婦の善意を踏みにじる行為であり、自分たちの息子のように育てた彼らの心中を察すると、遣り切れない思いになります。

 

のぞき部屋でのトラヴィスの告白は、年の離れた娘を嫁にもらった男の嫉妬心を始め、未熟な結婚がもたらす愚行の数々に腹を立てながらも、ジェーンに対する愛の苦悩もひしひしと迫ってきます。同時に、結婚もしていない私に、彼らを責める資格のないことも(笑)。それにしても、ナスターシャ・キンスキーの美しさと言ったら・・・。トラヴィスが嫉妬に狂うのも無理ないですわ。また、ロビー・ミュラーの撮影による素晴らしいショットの数々と、その風景に被さるライ・クーダーの音楽も、荒涼とした魂の物語に相応しく、母親と子供を再会させたトラヴィスが、再び一人で彷徨っていくラストに、胸の詰まる思いがしました。

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ヒューマントラストシネマ渋谷

未体験ゾーンの映画たち 2017 より

 

エンド・オブ・トンネル

 

チラシより

事故で妻と娘を失い、車椅子生活となったホアキン。自宅に引きこもり孤独に暮らしていたが、徐々に金も底をつき、家の2階を貸し出すことに。そうして住み始めたのは、ストリッパーのベルタとその娘。2人に妻子の姿を重ねたホアキンは、徐々に明るさを取り戻してゆくが、ある日地下室で奇妙な音を耳にする。それは地下にトンネルを掘り、そこから銀行に押し入ろうと企む犯罪者たちの声だった。面白半分で、彼らの動向を監視し始めたホアキンだったが、やがてベルタが彼らの協力者だと知ってしまう。ホアキンはベルタ母娘を泥沼から救うため、そして自分の人生を変えるため、不自由な身体を逆手に取って、悪党どもから現金を奪おうと思いたつ。

 

製作:アルゼンチン スペイン

監督・脚本:ロドリゴ・グランデ

撮影:フェリックス・モンティ

音楽:フェデリコ・フシド ルシオ・ゴドイ

出演:レオナルド・スバラーリャ クララ・ラゴ パブロ・エチャリ フェデリコ・ルッピ

2017年1月28日公開

 

車椅子でしか移動できない男が、銀行強盗を計画している男たちの様子を知り、その計画に乗じて銀行から金を奪い、首領の情婦になっている女とその娘と一緒に逃亡しようとする話です。ホアキン(レオナルド・スバラーリャ)は、足を動かせないハンディキャップを逆手にとって、銀行強盗グループを油断させ、知力でもって彼らに対抗します。

 

そこかしこに散りばめられた伏線が回収されていく快感も然ることながら、心を閉ざした少女がホアキンの飼い犬を通して、主人公に心を開いていくくだりも心に沁みます。少女が母親のベルタ(クララ・ラゴ)にも打ち明けられない秘密を抱えていただけに、その母親自ら落とし前をつけるのにも納得。犯罪に手を染めたホアキンを、どのような落としどころに持って行かせるのか、興味津々で観ていると、こちらも十分頷けるほどの着地のさせ方でした。クライムサスペンスとして上々の出来ですし、主人公の再生物語としても心に響くものがありました。

 

 

インビテーション

 

チラシより

ウィルとイーデンはある事故が原因で心の傷を負い立ち直れないまま別れてしまい、イーデンは消息不明となっていた。2年後、ウィルのもとにイーデンからディナーの招待状が届く。現在の恋人キーラと共にかつて自分が住んでいた邸宅に向かうウィル。到着すると、見違えるほどに陽気なイーデンと彼女の現在の恋人デヴィッドがふたりを温かく迎え入れてくれた。しかし、何かがおかしい。懐かしい元我が家に集まった友人たちとの会話もどこか違和感がある。デヴィッドは執拗に玄関の鍵を内から閉めようとする。めったに時間に遅れることのない友人が現れない。不穏な緊張感の中、パーティーは予測不可能な展開を迎える――。

 

製作:アメリカ

監督:カリン・クサマ

脚本:フィル・ヘイ マット・マンフレディ

撮影:ボビー・ショア

出演:ローガン・マーシャル=グリーン エマヤツィ・コーリナルディ

        タミー・ブランチャード ミキール・ハースマン

2017年1月28日公開

 

シッチェス映画祭のグランプリ作品ということで、いの一番に観ようと思っていたのがこの映画。期待が高まった分、観終えた感想は、悪くはなかったが驚きは少なく微妙なスリラーというものです。旧知の仲間が集まったパーティーに、異色な人物二人が参加したことにより、場が気まずくなります。更に主催者であるイーデンとデヴィッドの不可解な行動が、参加した人々にも不安を与えます。

 

勘の鋭い人ならば、ウィルとイーデンが夫婦だった頃に彼らの子供が亡くなったことと、パーティーに参加した人々に見せるビデオの内容を結びつけ、パーティーの真の目的を予測できそうですね。真相を知れば「なぁ~んだ」と思うかもしれませんが、最後まで興味を持たせる点は高く評価されていいでしょう。

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池袋 新文芸坐

絶対に観て欲しい喜劇 初笑い29本 より

 

全16作ある「不良番長」シリーズですが、観ているのは第1作のみ。

都内の名画座は充実したプログラムを組んでいるのに、

ここ最近は上映された記憶がありません。

4年前に安岡力也特集が組まれた際、

レイトショーで何作か上映されたようですが、

現在ほど名画座に通い詰めていなかったため見逃しています。

したがって2本立てで上映されると聞けば、

何を置いても駆けつけねばなりますまい。

おかげで、同日にシネマヴェーラ渋谷の「赤ちゃん教育」と

ケイリー・グラントの女装姿が見られる「僕は戦争花嫁」は

泣く泣くあきらめました。

 

不良番長 突撃一番

 

製作:東映

監督:野田幸男

脚本:山本英明 松本功

撮影:稲田喜一

美術:藤田博

音楽:八木正生

出演:梅宮辰夫 渡瀬恒彦 山城新伍 鈴木やすし 地井武男 安岡力也

        夏純子 小林千枝 安部徹 藤原釜足 佐山俊二

1971年12月29日公開

 

新宿を根城にするカポネ団は、関東挺身会笠岡組の怒りを買い、新宿から追い出されます。リーダーの神坂(梅宮辰夫)は、ブルーフィルムに目をつけ、その本場四国に行って一旗揚げようとします。カポネ団は、一足先に高松に乗り込んだ石松(山城新伍)が世話になっている饅頭屋を訪ねますが、主人の徳之助(藤原釜足)やその娘の花子(夏純子)から、石松が行方不明になっていることを知らされます。

 

更に書置きが発見されたことから、カポネ団が堤防を調べていると、地元暴力団の郁田組が現れます。郁田(関山耕司)は、神坂に石松が賭場でこしらえた借金50万円の返済を迫りますが、神坂は拒否します。そこに弟分の柏木勝(渡瀬恒彦)が登場し、カポネ団と共に郁田組を蹴散らします。勝は桃太郎(佐山俊二)と小菊(丹下キヨ子)夫婦が経営する小料理屋の板前として働いており、花子と恋仲でした。

 

一行が小料理屋で石松のことを相談していると、桃太郎が手配したブルーフィルムが届きます。カポネ団も桃太郎と一緒に小料理屋の二階でブルーフィルムを観ているうちに、そこに石松が女の相手役として映っているのを発見。カポネ団は石松を捜し出すと、自分たちの手でブルーフィルムを作りひと儲けしようと企みます。

 

ところが、女優不足から桃太郎と小菊夫婦がポルノ出演を買って出る始末。更には郁田組から200万円を借りた桃太郎は、店を担保に取られた上に、期限までに金を返さないと店を取り上げると通告されます。それでも、競艇で大穴を当て200万円を工面するものの、書き換えた契約書を盾に今度は360万円を要求されます。神坂は郁田組が笠岡組と手を結んで、モデルガンの改造を行なっている情報を得ると、桃太郎の店を取り上げて、そこで大量に改造された銃を生産しようとしていると睨みます。

 

その頃、徳之助は桃太郎から小料理屋の件を相談され、元大親分のメンツにかけて郁田組と笠岡組に店の返還を迫ります。しかし、徳之助は郁田組の刺客に殺され、カポネ団もせっかく奪ったモデルガンを奪い返された上に、仲間のモグラ(地井武男)やマユミ(小林千枝)が命を落とします。神坂は勝、ジャブ(鈴木やすし)、アパッチ(安岡力也)と共に、郁田組と笠岡組が集まる料亭に殴り込みをかけます。

 

シリーズの第13作。東映が一番と自画自賛する冒頭シーンから笑かしてくれます。「森の石松」をネタにしたセルフパロディであり、東映の人気シリーズになかなか「不良番長」の名が出てこないのにジレる山城新伍の芝居が楽しいです。ブルーフィルムの上映では機動隊ならぬ“亀頭隊”のハチマキをするなど、芸が細かいところも見せます。

 

カポネ団は暴力団の目の届かない所で、金を稼ごうとする隙間産業のような存在。新宿では向かいのビルから、こっそりトルコ風呂を覗き見する商売をするなど、如何にもセコいですねぇ。ただし、こうしたセコい姿勢を見せるからこそ、追い詰められた際の“負け犬たちの逆襲”も効いてくるのです。

 

それでも、丹下キヨ子のセーラー服や地面を掘って行ったら辿り着いた先が〇〇だったというギャグなどがふんだんに盛り込まれ、東映の毒っ気に当てられたかのように、藤原釜足も東宝と同じ芝居をしているのに、娘に夜這いをかけた男たちを見込みがあると、どこかネジが狂ったような発言をします。

 

カポネ団がバイクとトラックで料亭に乗り込むクライマックスは圧巻で、バイクが料亭の中を縦横無尽に疾駆する様は爽快感があります。山城新伍の槍捌きを始め、任侠映画で培った殴り込みの描写が随所に生かされ、家一軒潰しただけの迫力を生んでいます。ハチャメチャなギャグを前面に押し出しているため、あまり悲壮感は漂いませんが、それでも安部徹を始めとする悪人が一掃されると、任侠映画のカタルシスを味わえます。

 

 

不良番長 一網打尽

 

製作:東映

監督:野田幸男

脚本:山本英明 松本功

撮影:山沢義一

美術:北川弘

音楽:八木正生

出演:梅宮辰夫 藤竜也 山城新伍 鈴木やすし 安岡力也

      ひし美ゆり子 真理アンヌ 内田朝雄 由利徹 大泉滉

1972年9月14日公開

 

神坂弘(梅宮辰夫)は、弟分のサブ(誠直也)と共にシャブの売人を強請っていたところ、新宿を仕切る暴力団・大東共友会が出てきてサブを殺します。神坂も組員に追われますが、警察に逃げ込み指名手配された身であることを自首してお縄を頂戴します。2年間服役した後、神坂は娑婆に出るものの、正体不明の男たちに狙撃されます。神坂を狙った相手が大東共友会だと分かるや、幹部の三木(八名信夫)の情婦・真弓(真理アンヌ)に近づき、大東共友会の経営するクラブを襲撃し、売上金を盗みます。

 

逃走の際、アパッチ(安岡力也)、シック(久保浩)、ジャブ(鈴木やすし)たちと遭遇し、そのまま彼らのねぐらに連れて行かれます。愚連隊の若者たちも大東共友会には恨みがあり、神坂は彼らと手を組んでやくざ組織に報復しようとします。その頃、神坂とムショ仲間だった力石(藤竜也)が出所して、大東共友会に顔を出します。共友会の幹部だった力石は、現在の組織のやり方に不満を持ち、会長の大滝(内田朝雄)から煙たがられていました。神坂が狙撃されたのも、同じ時刻に出所するはずだった力石と間違われたからでした。

 

神坂たちは共友会から酷い目に遭わされたトルコ嬢のヨーコ(ひし美ゆり子)を助け出す一方、共友会が故買品を隠してある倉庫を襲い盗品を押収します。彼らが盗品で稼いだ金で、キャバレーで豪遊していたところ、力石が現れ神坂と束の間の再会を果たします。神坂から狙撃の話を聞かされた力石は、身内が自分の命を狙っていることを確信します。やがて、キャバレーから火の手が上がり、神坂たちはどさくさに紛れて金庫を頂戴しようとしていた五郎(山城新伍)と知り合います。

 

大滝は神戸の組織と麻薬の取引を控えており、神坂たちのグループの動きに敏感になっていました。そこで、力石に彼らの暗殺を命じ、同時に力石を亡き者にして、一網打尽にしようと企みます。男女の関係になった真弓の挙動不審に気づいた力石は、身の危険を顧みずに神坂たちに危険を知らせようとします。だが、力石は神坂を庇い共友会の銃弾に倒れます。彼は神坂に共友会の麻薬の取引場所を告げて、息を引き取ります。失うもののない神坂たちは、殺された仲間たちを弔うため、共友会の取引場所に乗り込んでいきます。

 

シリーズの第15作。こちらも山城新伍と鈴木やすしをコメディリリーフにして笑いを取る点は「突撃一番」と同じですが、ややシリアスな路線になっていて、“負け犬たちの逆襲”感を強く打ち出しています。また、東映の役者とは違う持ち味の日活スター・藤竜也を起用して、筋は通すが義理に縛られないやくざを演じさせ、やくざの流儀に従わない辰ちゃんたちと上手く絡ませています。

 

本作には対照的な二人の女が登場します。一人は、組織の幹部の情婦である真理アンヌで、容姿は美しいが関係を持った男でも裏切るしたたかさを備えています。もう一人は、組織の監視が厳しくトルコ嬢から足を抜けられないひし美ゆり子で、体は汚れていても気立ては優しく、最後は仲間のために自分を犠牲にして華々しく散ります。ひし美も藤と同様に、負け犬たちの逆襲を体現する一人と言えます。

 

「突撃一番」でカポネ団のメンバーが何人か殺されたにも関わらず、同じ役者が臆面もなくシレッと異なる役柄で登場するのが、東映のシリーズ作品のいいところ。この屈託のなさが反映されているせいか、観終った後に何も残らないのが潔いです。同じ東映のシリーズでも、観終った後に何かしら引き摺るものがありますが、「不良番長」は3分後にはきれいさっぱり忘れています。ある意味、娯楽映画の理想形のような気がします。

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沈黙-サイレンス- 公式サイト

 

 

チラシより

17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧下の長崎。日本で捕らえられ棄教(信仰を捨てること)したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルペは、日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。日本にたどりついた彼らは、想像を絶する光景に驚愕しつつも、その中で弾圧を逃れた“隠れキリシタン”と呼ばれる日本人らと出会う。それも束の間、幕府の取締りは厳しさを増し、キチジローの裏切りにより遂にロドリゴらも囚われの身に。頑ななロドリゴに対し、長崎奉行の井上筑後守は「お前のせいでキリシタンどもが苦しむのだ」と棄教を迫る。そして次々と犠牲になる人々――。守るべきは大いなる信念か、目の前の弱々しい命か。心に迷いが生じた事でわかった、強いと疑わなかった自分自身の弱さ。追い詰められた彼の決断とは――。

 

製作:アメリカ

監督:マーティン・スコセッシ

脚本:ジェイ・コックス マーティン・スコセッシ

原作:遠藤周作

撮影:ロドリゴ・プリエト

美術:ダンテ・フェレッティ

出演:アンドリュー・ガーフィールド アダム・ドライバー 浅野忠信 窪塚洋介

        イッセー尾形 塚本晋也 小松菜奈 加瀬亮 笈田ヨシ リーアム・ニーソン

2017年1月21日公開

 

早稲田松竹で篠田正浩監督の「沈黙 SILENCE」を上映していたこともあり、できればそちらを観た上で新旧の「沈黙」を比較したかったのですが、私が出かけた回は満席になっており、次の回も整理券が配られての入場だったため、早々にあきらめて退散することにしました。今後、劇場で上映される機会があれば改めて鑑賞したいです。

 

それはともかく、28年前から温めてきた映画化だけあって、スコセッシの真摯な姿勢が垣間見える作品でした。神への信仰を問う映画ではありますが、その土台となる日本と日本人が描けていないと、台無しになる映画でもあります。その点本作は、時代劇を真正面から取り組むことによって、見事にクリアしています。

 

遠藤周作の原作は未読ですが、外国人の映画監督で日本人の心情をこれだけ掘下げた作品は滅多になく、他のアジア諸国に比べ、キリスト教が日本に根付かなかった(あるいは根付かせなかった)原因もすんなりと頭に入ってきます。井上筑後守がロドリゴに語りかける例えも一々核心を突いていて、様々な示唆に富んでいます。

 

アジアの国々が兵力とキリスト教の布教によって、ヨーロッパの植民地にされる中、日本はキリスト教を排除したことにより、結果的にその難を免れたとも言えます。我々日本人はそのこと以外にも、一神教に対して警戒感を抱いており、他の宗教との対立しか生まないことを、本能的に悟っていたのではないでしょうか。

 

元々、神は万物に宿るという宗教観を持つ日本人には、曖昧なユルさが丁度よく、戒律の厳しい宗教には向いていないように思います。現に映画の中では、本来人を救うはずの宗教が、戒律に縛られるあまり不幸な結果を呼び起こします。宗教に殉じようとする日本人の生真面目さと相まって、ロドリゴとガルペの信仰心を揺るがす要因にもなっています。

 

日米の俳優陣はそれぞれ適材適所に役を振り充てられており、中でもキチジローを演じた窪塚洋介は遣り甲斐があったでしょう。迫害に遭うたびに踏み絵を踏んで難を免れ、そのたびに罪悪感に駆られ、司祭に赦しを乞う弱者。切支丹からすると裏切り者や卑怯者にしか映りませんが、生きるためにはやむを得ない行動で、無神論者から見ればとても彼を責められません。むしろ罪と感じる分、誠実さがあるように感じられます。

 

イッセー尾形演じる食えない奉行もいいキャラクターをしています。この映画では悪役に位置づけられるのでしょうが、必ずしも悪役として一括りにできない複雑な面を兼ね備えています。彼の掲げる論理にはそれなりの説得力があり、時に慈悲のある振る舞いを見せるからです。単に自分の仕事を全うしていると取れなくもありません。

 

それでいて、ボソッとつぶやくような台詞に毒が混じっているから油断なりません。「形だけでいいんだ」との言葉は、容易いように見えて、実は大切なものを失う悪魔の囁きでもあります。現代の我々の日常でうっかり使いたくなる、“凡庸な悪”と呼ばれるものへの免罪符に成り得る魔法の言葉。こうした重い台詞をさり気なく挟み込むスコセッシも、ある意味悪魔ですねぇ(笑)。

 

本作は地味ながらも、2時間45分もの間スクリーンから目の離せない場面が続きます。スコセッシは西洋の価値観を一方的に押しつけず、日本人の精神的な支柱となるものを尊重しつつ、観る側の判断に委ねます。キリスト教に殉ずる信者の悲惨な末路に耐えかねて、棄教したかに見えたロドリゴも、ラストシーンで彼の日本人妻がとった行動を見る限り、信仰は決して無駄ではなかったと思えてきます。

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角川シネマ新宿

溝口健二&増村保造 映画祭 変貌する女たち より

 

 

製作:大映

監督:増村保造

脚本:池田一朗

原作:三浦綾子

撮影:小林節雄

美術:下河原友雄

音楽:山内正

出演:若尾文子 緒形拳 松尾嘉代 内田朝雄 内田喜郎

1968年10月30日公開

 

北海道の観光事業を牛耳る佐々林豪一(内田朝雄)は、定期的に転居を繰り返していました。息子の一郎(内田喜郎)や娘のみどり(梓英子)は、転校させられるたびに不満に思っています。ある日、一郎は父と長姉の奈美恵(松尾嘉代)が抱きあっている現場を目にして、ショックを受けます。姉のみどりから奈美恵が少女時代に豪一に拾われた娘で、現在は父親の愛人となっていることを知らされます。更に、母親のトキ(荒木道子)も黙認していることを聞かされると、その日を境に一郎は家族と一緒の食卓につくことを拒否します。

 

家で食事もしなくなった一郎は毎日パンを買い、その店で働く久代(若尾文子)の幼い子供を助けたことをきっかけに彼女と親しくなります。しかし、一郎が佐々林豪一の息子であることを知ると、久代は何故か顔を曇らせるのです。一方、一郎の変化に気づいた担任教師の杉浦(緒形拳)は、家庭訪問した際に佐々林家の異様さを知り、一郎を心配します。そんな教師の心遣いをよそに、一郎は久代の店にちょくちょく立ち寄り談笑する杉浦を敵視し、尚一層反抗的になります。

 

純真ゆえに家族に憎しみを抱く弟に対し、みどりは大人たちのすることを無視しろと忠告しますが、一郎は奈美恵を父から奪うと宣言します。しかし、搦め取られたのは一郎のほうでした。彼は奈美恵の色香に迷い、筆卸しをしてもらうと、父と奈美恵との関係に嫉妬心を燃やします。二度と父と寝ないと約束させたにも関わらず、秘密部屋で関係していることを知ると、奈美恵に詰問しますが、彼女は一郎の責めを躱すように、ある秘密を打ち明けます。その事実を聞かされた一郎は自暴自棄になり、父の名を汚すため、杉浦が宿直をする学校に放火します。

 

ドロドロした家庭の崩壊劇ですが、ホラーにしてもやり過ぎると笑いに転化するように、童貞少年のこじらせ具合が絶妙なスパイスになっていることもあり、所々笑いたくなる箇所もありました。冒頭の食卓のシーンで、家族の会話から奈美恵が年の離れたお姉さんかと思って観ていると、次のシーンでは父親とまぐわっていて、一郎ならずとも「え~っ!」と驚かされます。彼女は世間体のため、姉と偽った妾であることが明らかになり、その事実がバレないように、一家が頻繁に転居していることも腑に落ちます。

 

冒頭で奈美恵を正体不明の女にした効果はテキメンで、私なぞ一郎目線でこの映画を観る羽目になりました(笑)。思春期特有の潔癖さをこじらせた挙句、大人たちに反抗的な態度をとる行動がいちいち私のツボにハマり、ニヤニヤしながら楽しめるのです。教師の杉浦は一郎を心配して、親身になって相談に乗ろうとしますが、一郎が淡い恋心を抱く久代の店に、杉浦がちょくちょく来るため、ライバルとして対抗心を燃やし、教師の好意を素直に受け取れません。この教師の言うことは、一々尤もと思うのですが、正論過ぎてイラッとくる、あの感じがあるんですよねぇ。基本的に杉浦を支持したくても、反発を覚えてしまうのは、私も一郎の中二病が感染した証拠?(笑)。

 

DTは奈美恵を不潔に思う反面、大人の女の魅力に抗うことができず、父親の愛人と関係を持ってしまいます。心と下半身は別物というあまりにも分かりやすい図式に苦笑しつつも、松尾嘉代が同じ屋根の下にいて誘惑されたら、DTなぞそりゃイチコロでしょうよ。この映画での松尾嘉代のあばずれ感は天晴れと言いたくなります。元々、家庭崩壊の諸悪の根源は父親の豪一にあり、彼が女に目がないことから、少女の頃に佐々木一家に引き取られた奈美恵も、ある意味被害者の一人でもあります。内田朝雄はフィクサー的な悪役の似合う役者であり、本作でも影の大物感を漂わせていることに変わりはありません。ただし、この作品ほど女好きを前面に出した役柄は珍しいでしょう。

 

さて、肝心の若尾文子は、松尾嘉代と好対照を為す役にも関わらず、彼女に比べると少々影が薄いと言わざるを得ません。子供と一緒にひっそりと暮らす女という役のせいもあり、見せ場は少なく、どうしても地味な存在になりますし、物語も若尾ではなく少年中心に回るため脇に置かれます。最終的に一郎は、自ら犯した罪にケジメをとることによって、家庭崩壊の幕引きをします。でも、よくよく考えると、彼の家庭は裕福ですし、松尾嘉代に筆卸しをしてもらうし、結構美味しい思いをしていますよね。ちょっと同情してしまった自分がマヌケに思えてきます(笑)。

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角川シネマ新宿

溝口健二&増村保造 映画祭 変貌する女たち より

 

今回の特集では、増村保造&若尾文子コンビの未見作

「からっ風野郎」「積木の箱」「爛」を観たかったので

その目的は果たせました。

このコンビで観ていないのは

「氾濫」「偽大学生」「好色一代男」「華岡青洲の妻」で

どうやらコンプリートも見えてきました。

 

からっ風野郎

 

製作:大映

監督:増村保造

脚本:菊島隆三 安藤日出男

撮影:村井博

美術:渡辺竹三郎

音楽:塚原哲夫

出演:三島由紀夫 若尾文子 船越英二 川崎敬三

1960年3月23日公開

 

朝比奈一家の二代目武夫(三島由紀夫)は、新興ヤクザ相良商事の社長・相良雄作(根上淳)に傷を負わせた罪で服役していました。相良は殺し屋を雇い、面会に見せかけ武夫を殺そうとしますが、武夫の代わりに面会に来た囚人を殺してしまいます。武夫は身の危険を感じ、出所すると居所が知れないように情婦の昌子(水谷良重)と手を切って、組が経営する映画館の一室に身を潜めます。

 

彼はもぎりをしている芳江(若尾文子)と出会うものの、彼女は町工場に勤める兄の正一(川崎敬三)に弁当を届けに行った際、ストライキに巻き込まれ留置所に拘置されてしまいます。武夫は叔父貴にあたる平山(志村喬)に、相良のタマを獲るようせっつかれますが、なかなか決心がつきません。

 

そんな折、大親分・雲取(山本礼三郎)からの法事の招待状が届き、相良も出席することを知り、ようやく殺しの踏ん切りがつきます。ところが、相良は寺には来ず、代理として現われたのは殺し屋のゼンソクの政(神山繁)でした。武夫は命の危険に曝されますが、幸い軽傷に終わります。彼は再び身を隠したところに、芳江がもう一度雇ってくれと頼みに来ます。武夫は強引に彼女を抱き、一度は反発を見せた芳江も、徐々に武夫のことを好きになり始めます。

 

そんな折、相良商事が薬品会社から金を強請っていることを嗅ぎ付けた武夫は、芳江とのデートの際に、偶然相良の娘を見つけ、彼女を人質にとって試作品の薬をよこすよう要求します。しかし、取引は雲取の仲裁によって両者手打ちとなり、武夫は分け前の半分を、相良は半分の分け前から、更に雲取に手数料を差し引かれます。

 

やがて、芳江が妊娠すると、武夫は子供を堕ろすよう迫ります。しかし、芳江は武夫の願いを聞き入れず、武夫は根負けして彼女と所帯を持つことを決意します。ところが、相良は芳江の兄を監禁し、朝比奈一家の愛川(船越英二)が経営するトルコ風呂の権利をよこせと要求しに来ます。

 

ストーリーよりも否応なく“俳優”三島由紀夫に注目せざるを得ない一作。立原正秋は「男性的人生論」の中で、三島をモデルにして篠山紀信が撮影した<聖セバスチャンの殉教><溺死>を引き合いに出して、「何故この人は俳優にならなかったのだろう」と述べていただけに、彼中心に映画を観ました。

 

ただし、写真の被写体としていい絵にはなっても、動きや台詞を伴う映画は全く別物。“大作家”三島由紀夫の威光があればこそ、こちらも興味を持って観ることができますが、その枠組みを取っ払うと普通の役者に感じられます。作家が演じたにしては悪くはありませんが、主演を張るには少々辛いものがあります。

 

ただし、娑婆に出て命を狙われ怯える若親分という役を、三島に割り振ったのは、増村保造監督の慧眼と言えます。三島自身、強さを自己顕示する傾向にあり、それがボディビルで体を鍛えたり、自衛隊への入隊となって表れたりした節が見受けられるからです。本作の武夫も、自分が傷を負わせた相手の報復に怯えつつ、自分が臆病者でないことを誇示したがります。時には負けたくない気持ちが昂じて、敵対相手の娘を人質にとって、取引を持ちかける卑劣な手段も行使します。

 

最終的に若親分は、単身で殴り込みに行くか、権利書を渡して堅気になるかの選択を迫られます。彼は女のために後者を選択するものの、これですんなり取引成立とは行きません。エスカレーターを効果的に使ったラストは、やくざの非情な世界を思い知らされ、志半ばで自決した三島の最期とも折り重なります。作家の余技と言いたくなる一方で、三島自身を反映する作品でもあり、彼の主演映画という一点のみでも、存在価値のある作品のように思います。

 

 

 

製作:大映

監督:増村保造

脚本:新藤兼人

原作:徳田秋声

撮影:小林節雄

美術:下河原友雄

音楽:池野成

出演:若尾文子 田宮二郎 水谷良重 船越英二

1962年3月14日公開

 

キャバレーの売れっ子ホステスだった増子(若尾文子)は、浅井(田宮二郎)と結婚するため店を辞め、彼が借りたアパートで暮らしていました。ところが、浅井に妻がいることを知り、彼に不信感を抱き始めます。また、ホステス時代の友達・雪子(丹阿弥谷津子)も近くの安アパートで歌手あがりの青柳(船越英二)と生活をしており、彼らの疲れた様子を見るにつけ気が滅入るばかりでした。

 

そんなある日、浅井の妻・柳子(藤原礼子)が増子のアパートに様子を窺いに来ます。浅井は本妻の柳子には嫌気が差しており、嫉妬に泣きわめく妻との生活を清算しようと、弁護士を立てて柳子と協議離婚をします。浅井と増子は環境の良いアパートに移り住む一方、柳子は郷里の座敷牢で狂い死にします。増子は友達の芳子(弓恵子)を訪ねた際、彼女が年の差のある夫の死後も、財産分与に支障をきたさないよう、子供を産むつもりだと聞かされ大いに触発されます。自分が妻の座に収まっても、浅井の女癖の悪さを考えると、増子も安泰とは言えませんでした。

 

そんな折、増子の姪の栄子(水谷良重)が訪ねて来ます。果樹園の息子との縁談を嫌って、家を飛び出して来たのでした。栄子は浅井の許しを受けて増子と一緒に生活することになります。増子は子供を産める体に戻してもらう手術をうけるため入院しますが、その留守中、浅井が栄子と関係を持ってしまいます。

 

浅井の妻が怨念のこもった嫉妬から、常軌を逸した行動に走る姿はまるでホラー映画。浅井に非があるとは言え、彼にちょっぴり同情してしまいます。疲れた体で帰宅しても、こんな嫁が家で待っていたら、そら居つかなくなるわな。また、せっかく妻の座を獲得した増子も、前妻が嫉妬の果てに狂死したとあっては、寝覚めの悪い事この上ありません。増子は昔のホステス仲間の雪子や芳子が、どのように情夫と暮らしているか知っているだけに、二号の生活に戻りたくない反面、結果的に本妻を追い出したことに痛みも覚えています。

 

その最中に、姪の栄子が訪ねてきたことによって、柳子と同じ立場に置かれるのが何とも皮肉。増子自身も脇が甘い面があり、家出してきたとは言え、年頃の娘と女好きの夫を同じ屋根の下に住まわせるのですから、自業自得と言えなくもありません。夫婦の営みの声が漏れてくれば、栄子も妙な気持ちになろうと言うもの。果たして栄子のほうから誘ったのか、浅井が強引に関係を持ったのかは俄かに判断できませんが、姪と知りながら手を出した浅井に分が悪いのは確か。

 

二人の関係を知るや(現場に踏み込まれたのだから言い訳はできませんよね)、増子は栄子を狂ったように打ち据えます。浮気した夫より、相手の女を責めるのが適切かどうかはともかく、嫉妬に狂っても文子様は般若に変わるどころか、美しさを増すのが何ともエロティックです。結局増子は、栄子を果樹園の御曹司と結婚させることによって、浅井との関係を断ち切ることに成功するものの、また別の新しい女が夫の前に現れる可能性がないわけではありません。どんよりと淀んだ空気のまま幕を閉じるのが実に印象的。増子の平穏は当分の間訪れそうにありませんね。

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タンジェリン 公式サイト

 

 

チラシより

太陽が照り付けるロサンゼルスのクリスマス・イブ。街角のドーナツショップで一個のドーナツを分け合うトランスジェンダーの二人。28日間の服役を終え出所間もない娼婦シンディは、自分の留守中に恋人が浮気したと聞きブチ切れる。歌手を夢見る同業のアレクサンドラはそんな親友シンディをなだめつつも、その夜に小さなクラブで歌う自分のライヴのことで頭がいっぱい。さらに、彼女たちの仕事場の界隈を流すアルメニア人移民のタクシー運転手、ラズミックも巻き込んで、それぞれのカオティックな1日がけたたましく幕を開ける。

 

製作:アメリカ

監督:ショーン・ベイカー

脚本:クリス・バーゴッチ ショーン・ベイカー

撮影:ラディウム・チャン ショーン・ベイカー

出演:キタナ・キキ・ロドリゲス マイヤ・テイラー カレン・カラグリアン

        ミッキー・オヘイガン アラ・トゥマニアン ジェームズ・ラーソン

2017年1月28日公開

 

アナモレンズを装着した3台のスマートフォンで撮影をして、トランスジェンダーの女性たちの友情と恋愛事情を描いた痛快な映画です。スマートフォンで撮影したにしては画面が鮮明で、機動性にすぐれたスマホで撮影したことによって、ロサンゼルスのストリートの空気が直に伝わってきます。また、リサーチ中に出会ったトランスジェンダーの女性たちを役者として起用したことで、より一層臨場感に溢れた描写になっています。

 

主演の二人、キタナ・キキ・ロドリゲスとマイヤ・テイラーは俳優経験がないのに、芝居の勘に長けていて、本職の役者と遜色のない演技をしています。映画自体は身勝手な男に翻弄される女の物語で、そこに女の友情を絡めており、昔からよくある話の作りになっています。それでも、登場人物をトランスジェンダーの女性たちにしたため、下世話な掛け合い漫才の妙が生まれ、より“女”の本音の部分が生々しい形で表れます。

 

その一方で、トランスジェンダーであるがゆえの苦悩と厳しい現実も描かれています。最初はがさつに見えたシンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)も、バスの中でダイナ(ミッキー・ホヘイガン)が、アレクサンドラを侮辱するような発言(アレクサンドラが自腹でクラブのライヴをすることへの揶揄)を窘めるなど、繊細な女性らしさと女同士の友情を垣間見せます。

 

シンディやアレクサンドラに比べると、シンディの情婦であり売春組織を統括?しているチェスター(ジェームズ・ラーソン)と、妻子持ちでありながらトランスジェンダーの女性たちで性処理をするアルメニア人のタクシー運転手・ラズミック(カレン・カラグリアン)は下衆過ぎて分が悪いですねぇ。ラズミックが洗車中に車の中でアレクサンドラといたす迷場面もあります。しかも、してもらうのではなく、してあげるほうだし(笑)。シンディに引き回されるダイナは、とんだとばっちりを受けた被害者のように見受けられますが、それでもシンディやアレクサンドラに放つ暴言は見過ごせません。乱交部屋?に戻った際にされる仕打ちは気の毒に思うものの、身から出た錆、自業自得とも思えてきます。

 

映画の最大の見せ場は、ラズミックの家族をも巻き込んでの修羅場。この混乱具合が最低で最高です。その場で、アレクサンドラがシンディに隠していたある秘密も暴露されてしまいます。一旦は絶交状態になるものの、再び女同士の熱い友情が甦り、コインランドリーでのやり取りに思わずホロリとさせられます。「面白うてやがて悲しき鵜舟かな」の風情あるラストも秀逸でした。

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東京ウィンドオーケストラ 公式サイト

 

 

製作:松竹ブロードキャスティング

監督・脚本:坂下雄一郎

撮影:横田雅則

美術:寺尾淳

音楽:石塚徹 小沼理裕

出演:中西美帆 小市慢太郎 松木大輔 星野恵亮 遠藤隆太 及川莉乃 水野小論

         嘉瀬興一郎 川瀬絵梨 近藤フク 松本行央 青柳信孝 武田祐一

2017年1月21日公開

 

屋久島の町役場に勤める職員・樋口(中西美帆)は、単調な日々を過ごしていました。しかし今日は、観光課の橘(小市慢太郎)が長年温めてきた企画が実現し、日本を代表するオーケストラ“東京ウンドオーケストラ”を迎えようとしていました。その窓口になっていたのが樋口でした。そのころ鹿児島港では東京からやってきた10人の楽団員たちが、屋久島行きの高速船を待っていました。カルチャースクールのアマチュア楽団にすぎない自分たちが、なぜ屋久島に呼ばれたのか分からぬまま・・・。

 

樋口は屋久島の宮之浦港に到着した一行を迎えるものの、オーケストラの割には人数が少ないことを不思議がります。それでも、彼女は彼らを引き連れ、淡々とスケジュールをこなしていきます。オーケストラの一行も島をあげての歓迎ぶりに不審がりますが、樋口の上司・田辺(松木大輔)に嫌味を言われると、思わず「楽しみにしていてください、感動させますから」と啖呵を切ってしまいます。

 

そんな折、一行はコンサートのポスターに違和感を覚え、更に島一番の大ホールに案内された際に、20年来の夢が叶ったと感激する橘に、不審感が確信へと変わります。何と、樋口の手違いによって一文字違いでよく似た名前の“東京ウンドオーケストラ”を呼んでしまったのです。今更、アマチュア楽団と名乗れない彼らは、樋口の目を盗んでこっそり島から逃げ出そうとするのですが・・・。

 

※以下ネタバレを含んでいますのでご注意ください

 

本作は「作家主義」「俳優発掘」を理念に掲げる松竹ブロードキャスティングが、2014年の沖田修一監督作「滝を見にいく」、15年の橋口亮輔監督作「恋人たち」に続いて製作されたオリジナル映画プロジェクト第3弾にあたります。

 

プロット自体は面白くなりそうな話なのに、素人楽団が有名オーケストラと間違われてあたふたする設定を、上手く生かし切れていないもどかしさがあります。また、アマチュア楽団であることがバレそうになるサスペンスも、ハラハラドキドキが不足しているように感じられます。その上、細部にもいくつかおかしな点が見受けられます。

 

たとえば橘が有名なオーケストラを屋久島に呼ぶのが長年の夢だったにしては、その楽団のことを知らなさすぎます。お偉方とリハーサルを見学する場面でも、小規模編成にしては重厚過ぎる音を出しているのをおかしいと思わないし、果たしてこの人物がクラシック音楽のファンなのかも疑いたくなります。

 

色々と不満点を挙げてきましたが、あくまで私個人の感想ですので、十分満足できたと思う方もいるでしょう。製作側の名誉のために言えば、元々難易度の高い作りになっている映画ではあります。身元がバレそうになりながら、本番の舞台で演奏しなければならないし、しかも、ある種の“詐欺”を働いているわけで、そこを観客に納得の行くよう気持ち良く着地させる必要があります。

 

前半には、吹奏楽部の中学生に演奏を聴かせる最初の危機が訪れます。その時でも敢えてのっぴきならない状況に追い込むように、自ら課した演出が見られます。その点においては挑戦的な映画であり、その心意気や良しです。ただし、この件はあまりにも強引過ぎて説得力に欠けるきらいがあるのですが・・・。

 

良い点を挙げておきますと、松木大輔演じる田辺が面白いキャラクターになっています。樋口の上司であり不倫相手でもあり、人をイラッとさせる振る舞いが絶品です。この上司の言動が所々で良いアクセントになっていて、破綻しそうな話を支えています。樋口が田辺に別れを宣言するくだりでは、聴衆の拍手を被せていて、洒落を利かせています。こうしたニヤリとさせる演出をもっと見せてくれれば、印象が良くなっただけに残念です。

 

結局、アマチュア楽団は大ホールで演奏できたし、樋口と橘は始末書だけで済んだようだし、一番馬鹿を見たのは有名オーケストラの演奏を期待して、素人の演奏を聴かされた島民。この結末は映画に後味の悪さを残します。それでも、役所の税金の使い道には気をつけましょうと啓蒙する映画として観れば、それなりに意義を見出せる映画でしょう。

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