滅多に見られぬ珍品 「藤圭子 わが歌のある限り」を観て | パンクフロイドのブログ

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ラピュタ阿佐ヶ谷【素晴らしき哉、SHOWBIZ人生!】 より


藤圭子の初のリサイタルが開かれた。ショーが進行する中、圭子はこれまでの長い道のりを回想した。北海道旭川、父は浪曲師松平国二郎(長門勇)、母はその曲師澄子(扇千景)。圭子が五歳の時、一家は炭鉱、飯場を興業して歩いた。圭子が小学校五年の時、母の眼が見えなくなり、その穴埋めとして圭子は初めてステージで歌を歌った。圭子が中学三年の時、一家は常盤ヘルスセンターへ移り、圭子は生活のためにその尊属歌手となった。高校進学をあきらめなければならない状況下、大学浪人の吉田(田村亮)は彼女をいつも励ました。ある日、作曲家石中(天地茂)が、ヘルスセンターで歌っている彼女を見初め、上京を進めた。圭子は母を連れ、汽車に乗った。石中は圭子の歌の素質に賭け、厳しいレッスンが始まった。しかし、圭子に全力を打込む石中の激しさに妻道子(牧紀子)は嫉妬し、夫婦間に亀裂が起きるようになる。



パンクフロイドのブログ-藤圭子 わが歌のある限り


監督:長谷和夫

脚本:宮川一郎

撮影:小杉正雄

美術:鳥居塚誠一

音楽:木下忠司

出演:藤圭子 長門勇 扇千景 天地茂 田村亮 伴淳三郎 坂上二郎

1971710日公開


今や藤圭子も若い人の間では、宇多田ヒカルのお母さんのイメージが強いかもしれません。しかし、子供の頃に彼女の歌を聴いていた私のような世代にとっては、不幸を背負った藤圭子の歌に郷愁を覚えてしまいます。本作は藤圭子の半生を描いた映画であり、虚実入り混じった物語が当時の芸能界のいかがわしさと交わり、ワクワクさせてくれます。


それにしても、人気絶頂期にいる歌手の半生を描く映画を作ってしまうあたり、70年代初頭はパワーがあり、凄い時代だったのだなと改めて感じ入った次第。藤圭子の自伝映画でありながら、彼女の家族や少女時代の貧しい生活は実話と思われるものの、作曲家の石中や浪人生の吉田との関係を描いた部分は少々怪しさが目立ちます。


一般的に自伝的要素の強い映画は、多かれ少なかれ本人のイメージアップが図られます。この映画における少女時代の優等生ぶりに、観ているこちらは思わず苦笑してしまいます。別に疑うわけではないのですが、そのあからさまな美談の見せ方に笑ってしまうのです。


ただ、それを打ち消してしまうほど、彼女にとってヤバい描写も含まれています。作曲家の石中と浪人生の吉田との色恋沙汰がその部分で、結構盛っている箇所があり、藤圭子のマイナスイメージとなっているのは、如何なものでしょう(笑)。藤圭子はアイドルと言うわけではないのですが、それでも芸能人が妻帯者の作曲家の先生や素人との恋愛を公けにするのは、当時でもタブーでしょう。いちおう、作曲家の石中は、一方的に藤に惚れているという設定ですが、それはそれで問題がありそうです。


映画の中では作曲家は石中となっていますが、どうしても作詞家の石坂まさをを連想します。しかも、彼女のデビュー曲の「新宿の女」を作詞・作曲しているのが石坂センセイですから、余計に現実はどうだったか邪推してしまいます。もし石坂センセイが生前にこの映画を観ていたら、感想を聞いてみたかったです(笑)。


あるいは、当初デビューシングルが売れずに、流しをしている時に顔馴染みだった工員風の男(坂上二郎)にアドバイスを求める場面も、マイナス要素が強いです。彼女のデビュー曲を聴いた男は、「売れることを考えて歌っているだろう」と厳しいことを言います。それに対し藤は衒いなく肯定するのです。貧しい生活を続けている藤からすれば、それは素直に出てきた言葉で、私なぞは率直な物言いに逆に好感を持ってしまいますが、世間一般からすれば反発を買いかねない発言です。彼女の名誉のために言っておくと、「新宿の女」は魂のこもった歌だと思います。


このように美化した部分があるかと思えば、わざわざそのイメージを打ち消す不用意な部分があり、そのチグハグさを楽しめます。映画は初めてのワンマンショーに不安を抱えた藤圭子が、ショーの合い間にこれまで辿ってきた半生を回想する形で進行します。客を前に歌う場面は、ライヴ音源を使っているものもあれば、スタジオ盤をそのまま使っているものもあります。いずれにしろ、コブシを効かせた彼女の歌声は、聴きごたえ十分です。スクリーンで若い頃の藤圭子の姿を見られるだけで、貴重な体験と言えるでしょう。


ラピュタ阿佐ヶ谷のモーニングショーやレイトショーで上映される映画は、DVDでも観られる作品が多いです。しかし、昼間のプログラム作品は、滅多に観られない映画が多く、この機会を逃すと一生観られない可能性もあります。本作も珍品の部類に入りますが、今のうちに観ておかないと、次はいつ観られるかはわかりません。ある意味、一期一会の映画と言えます。昔の歌謡曲が好きなファンならば、話のタネに観ておくのも一興かも。