宮部みゆき 「ソロモンの偽証 第Ⅲ部 法廷」 | パンクフロイドのブログ

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その証人はおずおずと証言台に立った。瞬間、真夏の法廷は沸騰し、やがて深い沈黙が支配していった。事件を覆う封印が次々と解かれていく。告発状の主も、クリスマスの雪道を駆け抜けた少年も、死を賭けたゲームの囚われ人だったのだ。見えざる手がこの裁判を操っていたのだとすれば・・・。最後の証人の登場に呆然となる法廷。



815日、学校内裁判が始まりました。審理は5日間。1日目。城東三中の楠本教諭、野田健一は遺体発見当時の状況を証言し、津崎元校長は事件当日の学校の管理態勢を説明します。弁護側は1年生の時に柏木卓也と同級生だった女子生徒の証言から、不登校だった卓也が前日に学校を訪れたことを提示し、更に卓也の父親から彼が内省的で思索するタイプの子供であったことを証言させ、自殺の可能性を示唆します。一方、検事側はHBSの茂木記者にいじめと集団リンチに関して過去に起きた例を持ち出させ、殺人の可能性もあることを示して反撃します。


2日目。弁護側は少年課の佐々木刑事を証言台に立たせ、大出俊次の日頃の言動から、殺人の可能性は極めて低いことを証言させます。一方検察側はワル仲間の井口充の証言から、卓也の葬式後に俊次が「自分が殺した」と呟いた事実を引き出し、物議を醸します。弁護側は美術教諭の丹野の証言から、卓也が死に対して異常な興味を持っていたこと、心の拠りどころにしていた塾がなくなり、生きる意義を見出せなかったことを陪審員に印象づけようとします。更に茂木の大出家の取材を手伝った派遣社員の女性を証人に呼び、この事件に関する茂木の強引な取材を暴き、彼自身と報道の正当性を揺るがします。


3日目。告発状を書いた本人が出廷したため、裁判は被告人と傍聴人を除いた非公開の場で行なわれます。俊次に復讐するため、告発状の主は嘘の証言をし、陪審員は次第に証言の内容に矛盾を見出します。弁護人の神原は証人に対しひとつだけ反対尋問をします。「あなたの証言は真実ですか」と。弁護側は俊次のワル仲間のもう一人、橋田祐太郎を引っ張り出し、仲間から抜けたきっかけを聴きだし、俊次が殺した可能性の低いことを裏づけます。3日目の裁判が終わろうとした時、森田教諭を襲った垣内美奈絵が津崎元校長や彼女の夫に付き添われ、警察に出頭する前に裁判をしている生徒たちに謝罪したいと申し出ます。


4日目。俊次たちの強盗傷害に遭った城東四中の生徒・増井望が出廷します。検事側は被害に遭って病室で撮った写真を証拠物件として提出し、陪審員たちに俊次の凶暴性を植え付けます。一方、弁護側は今回の事件と強盗傷害事件は、性質の違う事件であることを主張します。次にこの場に来られない証人の代理として、今野弁護士が証言台に立ちます。彼は俊次のアリバイを証明した上で、未必の故意(ある一定の行為をなすと、それによって、その行為を受ける相手や、その行為に影響される不特定の誰かが死ぬ可能性があるが、それでも敢えてその行為をして、結果として死に至らしめる)の概念を説明します。午後になり、いよいよ被告人尋問が始まります。ところが神原和彦は被告人を弁護するどころか、彼が行なった悪辣な行為を読み上げ、やったか、やらなかったかを問いただします。それは、もはや被告人に対する糾弾と言ってよいものでした。秘かに傍聴席でその模様を聴いていた告発状の主は倒れてしまいます。果たして和彦の意図は何だったのでしょうか?


最終日。卓也が通っていた滝沢塾の講師・滝沢が証言に立ちます。学校に馴染めない卓也の唯一の受け皿が滝沢塾でしたが、保護者グループとのトラブルにより塾を閉めた経緯があり、卓也をサポートすることができなかったことに滝沢は責任を感じていました。小林電気店の主人が事件前日に、店の前で電話していた少年が誰であるかを証言した後、最後に思いがけない人物が証人として証言台に立ちます。


「本の雑誌」1月号の2012年度ミステリーベスト10で、池上冬樹氏は本書を6位に選んだ上で次のように評しています。“中学生による陪審劇という意表をつく発想から始まり、前段階の事件の発端と周辺の人物像を書き込んでいくうちに、作者が愛するスティーヴン・キング症候群に陥った。つまり物語りたい欲望である。すべての場面と人物に愛着があり、濃やかに綴られていて感動的なのではあるが、しかしもっと刈り込んでいたらテーマが尖鋭になり、物語も劇的に響いたのではないか”


確かにミステリーとして読んだ場合、その見方は正しいです。しかし、この小説は情緒不安定な中学生たちを描いた青春小説でもあります。自殺したクラスメイトの死に一人一人が向き合うためには、これだけの分量になるのは仕方ないでしょう。そもそも学校内裁判は、藤野涼子が自分たちの知らないところで柏木卓也の死が処理されていくのに黙っていられなくなったことから始まっています。生徒たちの手で卓也の死の真相を突き止め、今まで不登校をしても彼に無関心だった自分たちの行為を見つめ直すことが目的でした。被告人の大出俊次も嘘の告発状を書いた人物も、裁判によって自分の行為を突きつけられ、悪意に満ちた自分の姿と対峙しなければならなくなります。そして、その悪意は結果的に、自らに跳ね返ってくることを知らされます。


学校内裁判を行なうことによって、そこに参加した生徒たちは、それぞれ成長していきます。ある種裁判は思春期の真っ只中にいる少年少女たちが、大人になるための通過儀礼の場とも言えるわけで、俊次や告発人のみならず、涼子、弁護人の助手の野田健一、吹奏楽部の親友浅井松子を交通事故で亡くした陪審員の山埜かなめも必要としていたことです。裁判では柏木卓也の死は自殺か、他殺かに焦点が当てられますが、裁判の中盤あたりで読者は事件の動機もほぼわかり、死の真相も判断できるようになります。


むしろ読み手にとって最大の謎、神原和彦がこの裁判の弁護人を引き受けた理由に興味が移ってきます。読み進めるにつれ、城東三中の生徒、保護者、教師たちが、学校内裁判を必要としていたように、彼もまた切実な理由でこの裁判に参加せずにはいられなかったことがわかってきます。そして、和彦が嘘の告発状を書いた人物の重石を解いたように、和彦もまたその人物から救われる展開に胸打たれます。


物語は、傍聴席にいる佐々木刑事、藤野涼子の父親、延史の山崎晋吾、陪審員の倉田まり子など、様々な視点から描かれます。神原和彦と藤野涼子との間で繰り広げられる主導尋問と反対尋問の攻防は、実際の検事と弁護人のような迫力があります。その一方緊迫した中にもユーモラスなやり取りで緊張感を和らげ、学校内裁判であることにリアリティを持たせるため、ミーハーな女子中学生を証人として登場させるなど、宮部みゆきは絶妙なバランスを保ちながら話を進めていきます。様々な感情に揺れ動きながらも、生徒たちが死者に囚われていたものから解放される結末は見事です。


本書は連載9年の末に完成した大作です。1巻あたり700ページあり、全3巻を読むのはしんどいと思われますが、意外とあっと言う間に読んでしまえます。主役、脇役、端役すべてに血が通った人間として描かれており、作中の人物にも自己投影しやすいです。紛れもなく、宮部みゆきの新たな傑作と言えるでしょう。


ソロモンの偽証 第III部 法廷/宮部 みゆき

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